第59章 圭の嘘は、セックスをするのが初めてだと、私に言ったひと言だった。
その当時の圭と私の会話の経緯を完全には記憶していなかった。たしか、塞ぎこんでいる圭に、何が原因で落ち込んでいるのかを、私が尋ねたことに端を発している。
そして、落ち込んでいる原因が婚約者の美絵とセックスが上手く出来ないと云う原因を白状させた。
その時、私は、セックス未体験なのかと尋ねた時、経験がないと、圭はたしかに言った。それが嘘だったのだ。
嘘は嘘なのだけれど、圭が積極的に自分の方から言い出した嘘ではなく、私が引き出した結果生まれた嘘でもあった。
婚約者の美絵と上手くセックスが出来ないことは事実だった。
ただ、有紀の情報によれば、圭は女遊びに長けていて、相当浮名を流していた経歴を持っていた。にもかかわらず、婚約者の美絵とはセックスが出来ないというのも、にわかに信じることも不自然だった。
まさか、大学時代の女出入りで、プラトニックなラブだけだったというのは、もっと不自然だった。
圭の味方になって考えてみると、遊びでのセックスは幾らでも思い通りに出来たのだが、真剣に愛する相手とのセックスは、何故か出来なかったと云うことになる。
いい加減な相手とならセックスは出来るが、本気になった途端、緊張してセックスが出来ない。そんな極端なことがあるのも、普通では考えられない。
仮に、その辺を無理に理解してやったとして、それでは、私とセックスが出来たと云うことは、私が遊びの一環の女だったということになる。
この考えは、到底、私には承服できない答えだった。許し難い圭の心の動きであり、万死に値する弟の裏切りだった。だから、そのように考えることを、私は放棄した。私にも、圭にも、利のない想定だった。
しかし、遊びであったとして、100万円のカウンセラー料を払うと云うことは、それなりに意味があったのだろう。
最低でも、私と性的関係を結ぶことに100万円の価値を持っていたわけだ。あるいは、本当に愛する人間とセックスするための予行演習がしたかったのかもしれない。その価値が100万円だったかもしれない。
いずれにしても、圭が前向きに「嘘」をつく為に仕掛けてきた行動ではない。
ただ、婚約者とだけは上手くセックスが出来なかったのが事実だとすると、彼が遊びでやっていたセックスは、どういうセックスだったのだろう。
薬とか、そういう類の乗りの中で行われていたのだろうか。グループセックスとか、乱交とか、そういうものだったのだろうか。
だから、一対一の普通のセックスでは緊張が先走る。心理学的には設問として成り立ちそうだったが、リアルな世界では荒唐無稽な設定に思えてくる。
しかし、事実、美絵とは、私との体験を経た上で、関係を成就したのだから、不自然だけれど、私とセックスした効果は事実としてあったのだ。
たしかに、はじめは童貞の如く振る舞っていたが、歌を思い出したカナリアのように、初めての日でも、最後の方ではテクニシャンぶりを発揮していた。
本当に、真っ当なセックスをしたことがなく、一対一のセックスは私が初めてだったのかもしれない。
もしかすると、真剣になればなるほど、緊張症のような気質があり、美絵さんを相手にした途端、その症状が酷くなるということも考えられた。
私の立場は、遊びと緊張症状が露わになる関係の間に存在したということかもしれない。
憧れの姉とのセックスでは、おそらく婚約者に対するのと同様の緊張関係が出来るので、そこで金銭を介在させ、モラトリアムな関係性を築こうとしたというのは肯ける。
そのように考えると、圭の消極的「嘘」の発言には、情状酌量の余地がある。
甘い解釈だが、その方がお互いを傷つけることもない。一つ目の「嘘」から次々と嘘な発言が生じたのは、自然の流れで、これは致し方ないことなのだろう。
差出人不明の手紙の主の存在が、喉元に刺さった小骨のような部分もあるが、圭と私の関係とは切り離して考えるべき問題だとも思った。
ただ、美絵さんだけでなく、第三者には絶対に知られてはいけない関係だと云うことを忘れないことだと思った。
いや、もう一人、圭と私の関係を知っている有紀がいた。
つづく
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