第103章「そうかしら、理解出来るの」
「理解や、想像は出来るよ。同調できるかどうかは判らないけどね」
「離れられないもの、逃げられないものなのは知っているの。でも、特に意識しないで生きていくことは出来る筈なの。でも、家族が日常的にいる限り、無意識ではいられなからね……」
「なるほど。目に見えて、言葉を交わす限り、そこには家族が存在して、国籍のことが気にかかる、そういうことか……」
「敦美だって同じはずなのよ。でも、敦美は、自己努力なしに、家族、血縁から逃れられたわ」
「そうか、考えたら、彼女も、同じ悩みを持つ条件は揃っていたわけだ」
「充分にね。いえ、私よりも色濃くね。彼女の母親も在日だったから、純潔よ。私の方は、母は日本人だったから、混血なのにね……」
しかし、現実には、北朝鮮民族の枷の中で、日本と云う国で姥貝て(もがいて)いると云う皮肉は、どう形容したものか、俺は迷った。単に、運命と云うには無責任すぎた。
そして、それ以上に理解出来なかったことは、敦美と俺との関係を知っていながら、何ごともないように振る舞う、寿美の心情だった。
しかし、知りたいからといって、見境なく聞き質すほど子供ではないわけで、空とぼけているほかなかった。
寿美が、敦美との関係を十分知ったうえで承知しているのか、曖昧な範囲で承知しているのかさえ分からないのだから、俺は、何ごともないように振る舞うしかなかった。
「たしかに彼女からは、そういう事実で悩んでいる感じは受けないね」
「そうね、そこには、多分にお金持ちかどうか、そう云う問題が絡んでいるのだと思うわ」
「金か……」
「案外、人間って単純なものだと思うの。昔は、収穫が多いものがハッピーだったし、今はお金持ちがハッピーだってことでしょう。だから、現代は、お金が、不幸を覆い隠してしまう、そんな感じじゃないのかな」
「たしかに、そういう傾向はあるけどね。でも、それが全てだとは思いたくないね。自分の健康とか、家族の不幸とか、お金以外の問題も、それなりにあるだろうから……」
しかし、と思った。やはり相対的には、金銭的に豊かであることは、大きな条件なのは事実だった。そして、その豊かさが、血族といった問題を凌駕するし、時には看板にさえなり得る事実を知っていた。
「残念ながら、生きていく上での問題は、その殆どをお金が解決してくれるものよ。僅かな問題は残るかもしれないけどね」
「そうかもな。敦美さんと寿美さんを、単純に比較すると、そういうことは言えるのかも……」
「そういうことよ。だから、貴方は偶然にも、その極端な事例のふたりの女の間を行き交う旅人なのよ。しかも、純然たる異邦人としてね」
俺は“異邦人”という言葉に新鮮さを感じた。
そうか、日本に住んでいるから、多勢に無勢で同国人だったが、彼女らから見た場合、俺は異邦人だったのだ。
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