第479章「やっぱり、少し変だけど、悪い傾向に変なわけじゃないから、気にしないでおこうよ」有紀が、バルコニーに身を乗り出しながら煙草を吸い、振り向いて小声で話した。
「いつから、あんなに風に、物事を論理的に考えるようになったのかしらね」
「父さんに聞いても、多分わからないね、あの調子じゃ」有紀が吸いかけの煙草をくゆらせて、タバコ“吸う?”と誘惑して来た。
「そうね。でも、父さんも、幾分面食らっていたのだと思うけど……」私は、返事をしながら、“吸わない”と首を横に振った。
「そうね、授乳しながら煙草吸うなんて、悪女だものね。教条的人から言わせたら、あの女は虐待している、とまで言われそうだから……。さあ、シナリオ書き始めるとしようかな」
有紀は、前向きにはなっていない、創作意欲を掻きたてるように、自分の言葉で、檄を飛ばしていた。
「案外、創作意欲って、コントロール出来ないものでしょう?」
「そうだね、コントロールは難しいね。湧き上がる感じだから、考えて考えてってタイプじゃないから……」
「天才肌だね。ところでさ、考えていたんだけど、あのリビングに合うようなソファーとかテーブル、出来たら、サイドボードのようなもの買おうかと思うけど、私の一存で構わない?」
「無論、構わないけど、劇団に、輸入アンティークやっている会社の娘さんがいるんだけど、見本の写真とか持ってこさせようか?」
「アンティークか、考えていなかったけど悪くないかもね」
「ただ、ソファーは日本のもの買う方が利巧だと思う。体格が違うし、修理とか上手く行かないらしいから」
「てことは、サイドボードみたいなもの、まず、買おうか。それで、それに合わせて、色んなものを追加してゆく。何か、ひとつ、基準が欲しいんだよね。無理に全部アンティークにしなくても、そこそこバランスが取れてれば良いだけだし。考えたら、竹村のところにあった家具、幾つか取っておけば良かったかも……」
「私も、それは思ったけど、高坂尚子が触ったのかと思うと、あまりいい気持ちもしないから、提案しなかったんだけどね……」
「言われてみると、それは嫌だね。早速、その人に頼んで、サイドボードって言うか、食器棚みたいなもの、写真とか見られると良いよね」
有紀が、すかさず携帯を耳にあてた。そして、美也と云う女の子に、いま現物のあるサイドボードや食器棚の写真を見せて欲しいと頼んでいた。
親の仕事に協力的な娘さんなのだろう、明日には、写真を持って吉祥寺の家の方に顔を出すと云うことで話がついた。
有紀が話している間に、お義父さんからメールが入っていたので、目を通していた。
“退院、おめでとうございます。まずは、何よりの歓びです。
歓び序でと云うのは顰蹙ものですが、高坂尚子が自己破産しました。
私も知らなかったのですが、その後、保釈の身になった数日後に、中央線で飛び込み自殺をしてしまいました。
呆気に取られて、お姉さんへの連絡が遅れたのですが、そう云うことです。
特別、彼女が自殺したことで、なにか問題が起きるものでもないでしょうから、緊急事態のようにご連絡するのは控えておりましたが、そろそろ、落ちつかれた頃かと思いましたので、メールで一報させて貰っています。
吉祥寺の家も竣工なさった時期かもしれませんね。なにか、お家に合うものでもと女房も言っておりますので、お暇な時にご連絡ください”
「ねえ、有紀。仕事する前にショック与えるかもしれないけど、高坂尚子、死んだってよ」私は、まず、死んだことを伝えた。
「えっ!あの人、自殺したの?」有紀の口から、自殺という簡単な言葉が出た。
「どうして、自殺だって思ったの?」
「だって、あの人を殺す必要がある人なんていないでしょう?」
「でも、病気とか、殺されたってこともあるんじゃないの?」
「私のシナリオから行けば、あの人には行き詰まりでの自殺が、とても似合うと第六感が働いただけだけど……」
「そう云うものか……」
「それにしても、呆気ない幕切れだね。ここで幕にしたら、観客から大ブーイングが出そうだけど、私たちにしてみると、悪いけどスッキリしたよね。あの家の頑丈な土台は不要だったか……」
「まあ、新たな高坂尚子が出現しないとも限らないから、あれで良いのよ」私は何の感慨もなく、高坂尚子の自殺を受けとめた。
有紀は、どこか釈然としないようだったが、仕事だ、と宣言すると、部屋を出ていった。
つづく
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