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第154章
けたたましいサイレンの音で目が覚めた。
パトカーの音は、敦美のマンションの近くで消え、赤色灯が部屋の窓を照らした。
足音を忍ばせて窓辺に近づき、カーテンから下を覗いた。
パトカーを追うように、二台の覆面が到着した。所轄の刑事連中が到着したと云うことは、かなりの事件が、敦美のマンション内で起きたことを示唆していた。
大谷と話をした後だっただけに、妙な臨場感があった。
その後、鑑識のバンが到着すれば、多くは殺人事件の可能性が高かった。その到着まで見守るつもりのない俺はカーテンを閉じた。
「どうかしたの」敦美の声が聞こえた。
「事件が起きたみたいだ……」
「何の事件」
「さぁ、誰かが殺されたのかもしれないね」
「殺人……」
「たしかじゃないけど」
「私、殺人に縁があるのかな」
「偶然だよ」
「そうだよね。私、気が小さいから」
「まあ、旦那さんは、ああいう商売に手を出していたからだからね。普通、クスリで商売する人って、そうはいない訳だから……」
「あら、覚醒剤中毒者って多いんでしょう」
「患者は多いけど、売っている人たちは少ないよ」
「そうか、買う人は多いけど、売っている人は少ないのか……」
「そういうことだよ」
「そうかぁ……」
敦美は惚けた言葉を口にすると、窓を開けて赤い赤色灯を覗きこんだ。
「どうした」
敦美は、俺の声に答えようともせず、いつまでも、階下の赤い赤色灯に見入っていた。
敦美の佇んでいる姿は、どこか沈んでいた。
それ以上、声を掛けることに戸惑った俺は、部屋を出ていくことを選んだ。
身支度を整えた頃になって、窓辺を離れた敦美が、俺を睨みつけた。
「こんな夜に、私をひとりにするつもり」
「こんな夜って言っても、マンションで事件が起きただけで、俺たちには関係ないことだろう」
「そうじゃなくて、あの人が殺されたことを思い出していたのに……」
いま頃になって、旦那の死を思い出したと言われても、そこまで俺の気は回らない、そう、口に出かかったが寸前で呑み込んだ。
亭主の死に対して、これっぽっちの憐憫の情を見せなかった女が、突然、そのような情動にかられたからと言って、それを寸借しろと言われても、他人である俺の中では、到底生まれない感情だった。
しかし、敦美の抗議に答える用意はあった。現時点で、敦美は重要なクライアントなわけで、敦美に接待をする合理性は充分にあった。
つづく