第32章俺が、敦美に救いの手を差し伸べる立場でないことは、百も承知していた。
ただ、乗り込んでいるボートが、実は泥で作られている場合、沖に出たら、沈没するのが判っているのに、注意もしないことが許されるものなのだろうか迷った。
俺は、自分でも不思議なくらい、真摯な態度で考えた。
善意の第三者が、他人に危険が迫ってきている状況を知っていながら、ただ無作為に傍観することで、良いのだろうか、無論、罪に問われる問題ではないにしても…。
いや、俺は傍観してはいない。既に、あのホテルで、敦美が覚せい剤の中毒症状があると、断定的に伝えている。
敦美に、正常な判断能力が残っていれば、自分が飲んでいた痩せ薬サプリに、覚せい剤が混入していることを知ったのだから、後は、あの爆弾女の自己責任だった。
“シャブ入り痩せ薬”を飲むも飲まないも、敦美と云う女の、自由選択だった。
旦那と同居していると、覚せい剤から遠のくことが無理であるなら、遺産を抱えて逃げ出せば済むことだった。
遺産のあるなしは、俺の想像に過ぎなので、家を飛び出すだけの経済力を持っていない可能性もあった。
しかし、わずかな時間から得た情報。
初めて会った時、財布に数十万がさり気なく入っていた事実。こんな俺と会うために、10万円を支払うと言った点、この二つの事実から、敦美は、金に困っていないと判断するのは間違いではないだろう。
無論、その金の出所が、遺産なのか、宝くじに当たったものか、働いて貯めたものか、そのどれであるかを知る由はない。ただ、確率的に、親の遺産と目星をつけるのは妥当だ。
しかし、あの爆弾女、敦美が正常な判断能力を持っているなら、逃げると云う行動には、禁断症状に一人で立ち向かう覚悟が必要だった。
自ら始めた覚せい剤でなければ、その苦しみに耐えることは可能かもしれないが、相当の覚悟が必要だ。
いや、無理だろう。事前の覚悟とプランなしに、飛び出しても、シャブ欲しさに、旦那の下に舞い戻ることになる。
あの女が、薬物依存専門病院に行く知識であるとか、NPO社会復帰支援施設DARK(ダルク)などの知識があるだろうか?
まず、無いと考えるべきだ。
あの敦美と云う女の薬物依存度が、どのくらいのレベルに達しているか、まったく判らない。
ただ、炙りや注射で、覚せい剤を体内に取り込んだわけではないので、症状としては軽度である可能性はあった。
覚せい剤を、結果的に摂取してしまっているわけだが、やせ薬ドリンクとして、飲んでいたのが、敦美のケースだ。仮に、大量のアンフェタミンが含まれているドリンクであれば、苦すぎて飲めない筈だ。
“センブリエキス”が入っているから等と言われて納得する場合もあるだろうが、相当に苦い。その上、アンフェタミンは、胃を荒らすので、激しい胃炎も惹き起こす。
そう考えると、敦美の薬物依存が軽度である可能性は高い。
戦争中に危険な任務につく兵隊たちに飲ませた“ヒロポン”のレベルであれば、疲労回復と性感高揚と云う程度の効果は充分にあるだろう。
運がよければ、旦那から逃げ出すだけでこと足りる。
もしも、依存度が強いのであれば、精神科のクリニックに飛び込めば、専門医療機関を紹介してくれるだろう。
そのクリニック、乃至は専門医療機関が、警察に通報する可能性はあるが、覚せい剤又はそのドリンクを持っていない限り、逮捕されることはないだろう。
事情を聞かれて、旦那に勧められたと告白すれば、旦那の方が警察の厄介になることはあり得る。
俺は、ここまで想定した時点で、敦美に、アドバイスのメールを入れてやる気になった。
つづく
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