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結衣との関係2-3 私も汗流してきますから…


 第2章―3

 「ここにシャツと下着置いておきますから」女が大きな声で、俺の期待を裏切った。

 「下着まで買ってきたの」俺も大声で答えた。

 「はい、シャツが濡れたら、パンツも濡れますよね」女はなんの衒い(てらい)もなく、大きな声で応答した。

 ……考えてみると、単に気がつき過ぎる女と云う事なのかもしれない。俺の邪(よこしま)な気持が女の言動を曲解しているだけのようだ。何というツマラヌ話だ……

 俺は苦笑しながら身体を洗った。何の意味もないのはわかっていたが、股間を入念に洗う行為に、馬鹿で助平な男だと思わずにはいられなかった。

 バスルームを出ると、脱衣所にある洗濯機が回り、俺の見慣れたシャツとパンツが無くなっていた。ランニングの時くらいしか穿かない半ズボンの上に、真新しいパンツと何やら細かい英語文字が模様になったTシャツが置いてあった。

 ……洗濯までするのは行きすぎじゃないのか?まさか真新しいパンツとシャツで家に帰るのも拙いだろう。乾くまで居ろとでも言うのだろうか。たしかにそう云うことになる。女の買った、真新しいパンツとシャツで帰ることは、流石に拙い……

 俺の腹は都合よく決まった。こうなったら、女の家に洗濯物が乾くまで居座るしかない。

 猛烈に抗議でもうけたら出て行くことになるが、女がそのような事を言うとは思えなかった。

 リビングに戻ると、エアコンの空気が俺の肌を刺した。幾分寒過ぎると思ったが、あえて口にはしなかった。先程までソファーの片隅で寝ていた子供の姿がなかった。女は何事もなかったように、キッチンに向かい洗いものをしていた。

 「あら早かったですね、シャツとパンツの大きさ大丈夫ですか」女の口調に、日常から逸脱した出来ごとの最中にあると云う感じは一切なかった。

 “雇われ亭主”と云う言葉はないが、どこかに“ゴッコ”の雰囲気があった。

 夢のようでもあった。

 しかし、女と俺の年齢差を考えると“雇われ爺”の方が妥当かと思った途端、気分は滅入った。

 「ピッタリです。お幾らでした?」

 「いりません、私が思いついて買ってきただけだから」

 「そういうわけにはいかないよ、払わないと…」

 「だったら、お帰りの時に請求しますね」女がふり返って、笑顔をみせた。どこか艶めいた目つきになっていると思ったのは、俺の錯覚なのだろう。

 「私も汗流してきますから、テレビでも観ていてくださいね」女はキッチンの引き出しから灰皿を出し、テーブルに黙って置いた。そして、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、馴れた手つきでプルトップを開けるとテーブルに差し出した。

 「きれいなグラスがないから、このまま飲んでください」女は俺が赤の他人であることを無視するような態度に終始して、リビングを出て行った。
 つづく

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結衣との関係 2-2 女の指の感触と妄想が


 第2章―2

 「お父さんは大丈夫でしたか」

 「えぇ昨年脳梗塞に罹って、半身不随なんです。漸く私も馴れてきましたけど…」

 「それは大変だ、寝たきり状態なの」

 「ほぼそんなものです、変に動かれるより面倒みやすいとも言えますけど…」

 女は、特にその状況が苦痛だと思っている節もなかった。

 俺の頭の中には、様々な疑問が湧きでていた。しかし、聞き出したら切りのないほどの事情が女にあるであろうことは察しられた。また、それを聞くことで、何もしてやれない筈だし、火中の栗を拾う破目にもなりかねなかった。気の利かない男と思われている方が気は楽だった。

 「それじゃ貴女も忙しいですね。お陰で汗もひいたようだから退散しないとね」俺は軽くリビングのソファーから立ちあがった。

 「駄目よ、シャツが全然乾いていないわ」女は突然俺の背中のシャツの乾き具合をたしかめるように、背中に手のひらを当てた。女の指の感触と妄想が混じり合い、身勝手な性的接触を感じた。

 「完全に乾くのを待っていたら、夜中になるよ」俺は笑いながらふり返った。

 「そうだ、シャワー浴びてください。父のオムツと一緒にシャツ買ってきましたから、着て頂かないと」女は半ば強制的にシャワーを浴びさせようとしていた。

 女は背中に再接近、追い立てるように、俺をバスルームの前まで誘導してしまった。

 ……どうも奇妙な按配になってきた。シャワーを浴びている最中に美人局が入って来ないとも限らないわけだよな。それも女と何かあったのならまだしも、子供をおんぶしただけで、脅されちゃ堪ったものじゃない。今日はカードも免許証も持ってきてないから酷い事にはならんだろうが……

 そんな事が頭に浮かんだが、俺は踏ん切りをつけて衣服をはぎ取り、バスルームの扉を開いた。

 ほんの二時間ほど前に出会ったばかりの女の家の風呂に入っている奇妙さはあったが、それ以上にシャワーのノズルから噴き出される温水は心地よかった。

 バスルームの前の脱衣所の扉が開いた。

 ……おいおいまさか、一緒に入るなんて言うんじゃないだろうな……
 つづく

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結衣との関係 第1章まとめ


結衣との関係 第一部  鮎川かりん (原作・饗庭龍彦)

第1章-1

新しい女、理紗子と云う人妻を得たからといって、俺の女体狩人生活が特に変わったわけではない。しがない二流ライターの仕事もぽつぽつとこなしていた。ポツポツとしか仕事が来ないのだから、常にポツポツと仕事をすることになる。主に社会政治関連が中心なので、世の中が混乱すればするほど仕事が増えると云う因果な商売だった。

人の不幸で飯を食う職業。医者に、弁護士に、坊主が通り相場だ。しかし、その他にも多くの人種が、他人の不幸によって飯を食っている。ライターなんて職業も、その範疇だ。マルチ商法に引っかかった不幸な人々リストで飯を食うやつもいる。社会面の事件記者やルポライターも同様だ。警察官、消防士、自衛官も、かなりの範囲で他人の不幸で飯を食っている。社会保障制度に携わる政治家、役人、彼らも広義において不幸を餌に飯を食べている。つまりは、人間社会では不幸と云うものが日常茶飯事な出来事に過ぎないと云うことなのだろう。

仕事の時は、半日以上椅子に腰かけパソコンに向かい、コーヒーと煙草に囲まれる生活なのだから、健康に良いわけがない。時間が空けば、女とホテルにしけ込んで、セックス三昧なのだから、太陽に当たる必然性すらなくなっていた。かかりつけの医者からは、“臀部筋が相当弱っている、太陽に当たること、そして歩くことを心掛けろ”と注意を受けていた。まさか医者に向かって“セックスは臀部筋を鍛えないのか”と聞くわけにもいかず、余裕がある時は嫌々近所の公園を三周程度歩くことにしている。当然、晴れている日に歩くので、それなりに太陽にも当たるので、一石二鳥だった。

そんな或る日、俺は結衣と云う女に出遭った。東日本大震災後と福島原発事故発生以来、立て続けに仕事が舞い込み、一カ月半ぶりの臀部筋鍛錬の公園だった。既に初夏の陽ざしが公園に注ぎ、動かずに日陰にいると肌寒さが残っていたが、三周走り切った俺はうっすらと汗をかいていた。
いつもの水飲み場で顔を洗い、蛇口から水をがぶ飲みしようと近づいた時、水場は近所のママ軍団に占領されていた。

……糞!なんてことだ、いまいましい……

しかし、世の中早いもの順程度の常識は知っているので、少し離れた所からママ軍団が去るのを待った。五分、十分と待ってみたが、彼女らと、その子供たち軍団は、その場を立ち去る気配すらなかった。距離を半分に縮めて、彼女らに俺の存在を知って貰おうとしたが無駄だった。あきらめて、他の水場に行こうかと思った時だった。

「いつもあの人達、水飲み場を占領しているの」突然、後ろから声が聞こえた。

ふり返ってみると、三十前後の女が佇んでいた。その横には二歳ほどの女の子がしゃがみ込んでいた。どうも話の内容から水場占領のママ軍団とは異なる種族のようだった。

「いつも長いのかな?」

「たぶん、日が陰るか、誰かの子供がグズルまで、水遊びさせているの」

「プールみたいなものだね」

「そんな感じ、目の前のマンションの人達みたい」

「そう。それで、いつもアナタは迷惑しているわけだ」

「いつもは、もう少しゆっくり出てくるのだけど、今日はこの子が早くから“コウエン、コウエン”って煩いものだから…」そう言って、女は自分の子供に目線を向けた。

「ほら、マミちゃん、土を触っちゃだめよ。お手てが真っ黒でしょう」女は怒ると云うわけでも、注意すると云う程の気力も伝わらない気だるい声音で話した。

「ついてきて下さい、手を洗わせると良いですよ。僕も水が飲みたいしね」俺は、女の言葉に勇気を貰い、そこにママ軍団が居ることを無視するような勢いで水場に向かった。ふり返らなかったが、その女とマミと云う子供はついてきている気配だった。

「ちょいと失礼」俺は有無を言わさぬ強い視線を送り“どけろ!”と心で叫んだ。ママ軍団が突然の闖入者にたじろぎ、あっけにとられている間に蛇口を占領し、水を勢いよく出した。

「マミちゃん、先に手を洗いなさい」俺はマミという子供の祖父さんのような振舞いで、女の行動を促した。

女は俺の意図を嗅ぎ取ったのかどうか判らなかったが、その言葉には従った。ママ軍団は一歩水場から退き、遠巻きに逆襲のチャンスを狙っている視線を送っていた。委細構わず、今度は俺がガブガブと水を飲んだ。女たちの百倍無神経なオッサンを演じる事で、ママ軍団の逆襲の芽を摘み取った。


第1章-2

マミと云う子供の手を洗わせている時、西に傾いた陽ざしが、女の下半身を透けさせた。少し太めな腿のシルエットを俺は垣間見たが、ただそれだけの事だった。二の腕なども太めだろうか、と目ざとく視線を走らせた時、女が季節外れの長袖を着ている事に気づいた。案外人間の目撃能力などとは、このようなもので、先程言葉を交わした女の長袖さえ気づかない程度のものだった。どうして長袖なのだ、紫外線対策だろうか等と考えたが、それは一時のことだった。

俺は水場から少し離れた芝生コーナーでひと眠りしたい気分だった。ただ、マミと云う子供の爺様の素振りをしてしまった都合上、“それじゃあ”と声を掛けて別々に行動する不自然さを憶えた。女もそれを感じていたのか、俺に寄り添うような態勢で、水場を離れようとしていた。

「しばらく一緒にいた方がいいみたいだね」俺は笑いながら、女に声をかけた。
「そのようです、アノ人達まだ睨みつけているみたい」女は怖がっているというよりも、俺の咄嗟の演技に気づき、一緒に愉しもうとする気配があった。

「少し先の芝生で寝転びましょう、そのうちに彼女たちも飽きますよ」

「ですね、ご迷惑でなかったら…」

「大丈夫ですよ、いずれにしても寝転ぶつもりでしたから」
「それじゃあ私たちも寝転びます、マミちゃんもう一度芝生だよ」女は子供に語りかけながら、なぜか楽しそうな声を出していた。

……なんとも奇妙な気分だな。ことの成り行きとはいえ、見知らぬ女と、その子供と芝生で寝転ぶか……

俺は委細構わず、芝生に寝転んだ。本当に身体を伸ばしたかった俺の身体は声こそ出さなかったが、満足感に満ちていた。数分間は記憶があったが、いつの間にか居眠りをしていたようだ。何か夢まで見たようだが、何の夢だったか覚えてはいなかった。ほんの僅かなまどろみだったのだろう、女と子供は俺に異常接近して、芝生の間から顔を出すクローバーを摘んでいた。

子供のまだ乳臭さと、女のパフュームらしき匂いが鼻孔をくすぐった。女と子供のニオイ包まれ、俺の男は僅かに覚醒していた。横座りした女の膝頭が時々割れ、白く肉付きのいい太腿が垣間見えた。性的に、俺の好みの太腿ではなかったが、観賞するぶんには肉付きが良い方が好ましいものだ。

「気持よさそうに寝てらしたわ」女が親しげに笑いかけてきた。

「あぁ何か夢まで見ていたらしい。まさか寝言は言わなかったでしょうね」俺は女の太腿の奥が見えそうだと思いながら、必死で目線を遠くに泳がせた。

「まだアノ人達居ますよ」

「そうだね。そろそろ、家に帰る時間ですか」

「いえ、特に急いではいません。ただ、蚊が飛んできているので、マミが刺されるかも…」

「そう、じゃあ僕も公園の出口まで一緒に行きますよ」

「スミマセン、なんか余計な事につき合わせてしまって」

「いやあ、ことの成り行きだからね、こう云うこともあるものです」俺はもう少し横になっていたい気持を払いのけて、女の心配につき合うことにした。

公園の出口に向かって歩き出すと、マミと云う子供が俺の指を掴んだ。突然のことに、俺は一瞬ぎょっとしたがマミと云う子供のなすがままにしておいた。

「マミちゃん、駄目よ、オジサンの手を握っちゃ」

「イヤっ!パパの手だもん」

「構いませんよ、柔らかくて気持が良い。そのままにしておけば良いですよ」

俺は子供の汗ばんだ小さな手のひらの捉われ人となり、強制連行される姿で公園の出口に向かった。ただ、2歳から3歳くらいの子供のパパは絶対に俺より断然若いのに、と訝しさはあった。しかし、あえて女に問いただす問題でもなかった。


第1章-3

公園の出口にある交差点に出た三人に別れが待っていた。俄か祖父と孫の関係は終わろうとしていた。

「それじゃぁ此処でお別れですね。僕は左側だから…」

「ありがとうございます、何となく私も楽しかったです。さあマミ、オジサンにサヨナラしないとね」女がマミと云う子供の手を、俺の手から引き離そうとした。子供の指先が激しく俺の手の平に食い込んだ。

信じられない強さで、俺の手にしがみついた。一瞬、何が起きようとしているのか、俺は状況判断に迷った。マミと云う子供が俺と離れたくない理由が判らなかった。

母親と二人だけになるのを嫌っている様子もなかった。特に子供の身体を見る限り、虐待のような外傷も見当たらなかった。

「さぁ、マミ、オジサンの手を離しなさい」女は強く子供に言い放つと、力づくで手を引き離そうとした。その時、マミと云う子供の激しい叫びが交差点に響き渡った。当然、交差点で信号待ちをしている人々の視線が一斉に、俄か家族の三人に注がれた。

最悪な事態だ。知り合いから目撃されるかもしれない。俺は冗談抜きに、誘拐犯に仕立てられてしまう恐怖を感じた。

「ヨシ、マミちゃんわかったよ、オジサンがおんぶしてあげる」俺は咄嗟にマミと云う子供への懐柔に出た。

「さぁ行きましょう、家までつきあいますよ」俺は女に目配せをして、道案内を頼んだ。

「ご迷惑でしょう、家までなんて」

「今の状況の方がもっと困るよ。まぁ家の近くまで行く間に寝るんじゃないかな。どっちの方向ですか」俺は冗談っぽい口調で、女に道案内をするように促した。

「すみません、本当にご迷惑かけてしまって…」

「もう気にしなくて良いですよ。お互い、危機を乗り越える方が先決だしね」

俺がマミという子を背負い、女がその二人に寄り添って歩く。余程接近して見ない限り、仲の良い家族三人の散歩の姿だ。俺の背中でしばらく「パパ、パパ」と耳元で煩かったが、案の定、女の子は深い眠りに入っていた。

……それにしても、何故この子は俺のことを“パパ”と呼ぶのだろう。現実のパパを知っていたら、俺をパパだと勘違いするのは奇妙だ。パパと見知らぬ男との区別がつかない程幼いわけでもないのに……

余計な詮索だとは理解しつつも、先程垣間見た女の白い柔肌と重なり合って、どんどん妄想はあらぬ方向へ移行していた。女の子の高めの体温は容赦なく俺を包み込み、背中に汗を滲ませた。

11.03
第1章-4

「どの辺ですか」俺は女に何気に尋ねた。

「重いでしょう、すみません。もうすぐですけど、替わりましょうか」

「いや~、替わらない方が利巧ですよ。半端に目覚められても困るからね」俺は笑いながら答えた。

事実、また大騒ぎされたら困ると云う気持と幾分の冒険心が頭をもたげていた。俺は俄か家族がいつの間にか本物の家族になってしまうような妄想を片隅に抱えて、女の道案内に従った。

「あそこのボロ屋です」と女が指差した先には一戸建ての家があるだけだった。俺のイメージがひとつ壊された。賃貸のマンションかアパートに住んでいると思い込んだ典型的核家族のイメージまでが壊れかけていた。

「ほう立派な一軒家ですね」俺は小ぶりだが建売ではない塀に囲まれた一軒家の玄関に佇んだ。

「本当にご迷惑おかけしました。いま降ろしますので…」女がすっかり寝込んでしまった子供を、俺の背中から降ろした。

「あら大変、背中が汗でびっしょり。どうしましょう」女は子供を抱えながら、泣きそうな表情を浮かべた。

「歩いてるうちに乾くでしょう」俺はどうしようもない気持の悪さを背中に感じながらも、玄関先から踵を返す覚悟を決めていた。

「それじゃ、チョット貴重な体験をさせて貰いました、ありがとう」俺は女が何らかの提案をしてくることを僅かに期待したが、意味もなく佇む不自然さに耐えられず踵を返した。

「やっぱり駄目です、汗を流さないと!」女が俺の背中に向かって強い口調で声をかけた。

「えっ?」

「このままサヨナラは気がひけます。申し訳ない気持が残って駄目です」俺は女の言葉を理解するために、ひと間の間隔があった。

「そう言われても、まさかアナタの家でシャワーを浴びるわけにはいかないでしょう」俺はふり返って、女に語りかけた。

「そうです、そうしてください。誰もいませんから、シャワー使ってください」

……おいおい、ありえないだろう。万が一、旦那が早引けでもして帰宅したらどうなるというんだ。間男に間違われるのがオチだろう。間男のようなことをしたのなら覚悟も出来るが、シャワーだけで間男は、あまりにも悲しい……

「いや~、ご主人に悪いから、やめておきましょう。貴女ともっと話がしたい誘惑はありますけどね」俺は冗談交じりに、女を軽く口説いた。

「主人はいません!」女は俺の思惑を知ってか知らずか、断固旦那が居ない、と宣言した。

「ご主人がいない?でもお嬢さんが…、いや余計な詮索だな」

「良いんです。居たけど、もう居ないんです」女は嫌に明るく答えた。

「ほう、追い出したんですか」俺も気軽に言葉を返した。

「ハイ、追い出しました。マミが1歳になる前に…。兎に角、お入りください、汚していますけど」女は子供を抱えて、玄関のカギを開け、俺を招き入れた。

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結衣との関係2-1


第2章-1

 見ず知らずの男を家に招き入れる女の不用意さが、訝しくもあり、都合の良い按配だとも思った。

 多少の縁はあったわけだが、数時間前には全くの見ず知らずだし、俺が何処の誰であるかもわからないわけで、女の行動は無分別だった。

 女に通された部屋は小ぶりのリビング兼ダイニングと云う感じだった。日常の細々としたものや子供のオモチャが程々に散らかる、ごく普通の部屋だった。

 玄関を入った瞬間に鼻孔をよぎった僅かな異臭は、外からのものだったらしく、リビングに異臭はなかった。

 「いま、エアコン入れましたから、しばらく涼んでいてくださいね。そうだ、飲物は麦茶で良いですか」

 「麦茶、それはありがたい」

 「あっ、それともビールにしましょうか」

 「まさか、ビールは駄目ですよ、麦茶をお願いします」

 「マミが起きるようでしたら、お尻をポンポン叩いてください。私、チョット父の様子見てきますから」女は俺の返事を待たずに、さっさと部屋を出て行った。

 ……父の様子を見てくる?親父が同居している。様子を見てくると云うからには体調が悪くて寝ている。場合によると介護が必要ということか……

 ……ところで、この部屋は禁煙だろうな?灰皿も見当たらない。ジュースの空き缶を灰皿が使えるのだが、子供の寝ている横で吸うのも気が引ける。しかし手持無沙汰だ……

 俺は初めての家で許されるかどうか別にして、キッチンの換気扇の下に首を突っ込み喫煙を企てた。

 旨い、出来たら椅子に座って吸いたい気分だが、それはマナー違反だろう、否、換気扇の下でも、充分にマナーには違反していた。

 出された麦茶もあらかた飲み干したのに、女が戻ってくる気配はなかった。

 ……嫌に長いな、子供が起きそうもないのがせめての救いだが、親の具合を見てくるだけにしては遅過ぎる。特に咎める気はないけど、この手持ち無沙汰な時間は……

 俺は女が戻ってこないのをいい事に、二本目の煙草に火をつけた。整理整頓された台所とは言えないまでも、一定の炊事をしているにしては、掃除は行き届いていた。

 普通、突然来訪者があった場合、そそくさと、そこいら中の物を押し入れにでも突っ込みたくなるものだが、ありのままの日常があった。

  「すみません!ちょっと買物までしてきたものですから」女が息せき切ってリビングに飛び込んできた。
 つづく

お知らせ:明日帰宅後、今までの「結衣との関係」第1章をまとめてアップしておくので、少しは読みやすくなると思います。
では、おやすみなさい。 かりん


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結衣との関係1-4


第1章-4

「どの辺ですか」俺は女に何気に尋ねた。

「重いでしょう、すみません。もうすぐですけど、替わりましょうか」

「いや~、替わらない方が利巧ですよ。半端に目覚められても困るからね」俺は笑いながら答えた。

事実、また大騒ぎされたら困ると云う気持と幾分の冒険心が頭をもたげていた。俺は俄か家族がいつの間にか本物の家族になってしまうような妄想を片隅に抱えて、女の道案内に従った。

「あそこのボロ屋です」と女が指差した先には一戸建ての家があるだけだった。俺のイメージがひとつ壊された。賃貸のマンションかアパートに住んでいると思い込んだ典型的核家族のイメージまでが壊れかけていた。

「ほう立派な一軒家ですね」俺は小ぶりだが建売ではない塀に囲まれた一軒家の玄関に佇んだ。

「本当にご迷惑おかけしました。いま降ろしますので…」女がすっかり寝込んでしまった子供を、俺の背中から降ろした。

「あら大変、背中が汗でびっしょり。どうしましょう」女は子供を抱えながら、泣きそうな表情を浮かべた。

「歩いてるうちに乾くでしょう」俺はどうしようもない気持の悪さを背中に感じながらも、玄関先から踵を返す覚悟を決めていた。

「それじゃ、チョット貴重な体験をさせて貰いました、ありがとう」俺は女が何らかの提案をしてくることを僅かに期待したが、意味もなく佇む不自然さに耐えられず踵を返した。

「やっぱり駄目です、汗を流さないと!」女が俺の背中に向かって強い口調で声をかけた。

「えっ?」

「このままサヨナラは気がひけます。申し訳ない気持が残って駄目です」俺は女の言葉を理解するために、ひと間の間隔があった。

「そう言われても、まさかアナタの家でシャワーを浴びるわけにはいかないでしょう」俺はふり返って、女に語りかけた。

「そうです、そうしてください。誰もいませんから、シャワー使ってください」

……おいおい、ありえないだろう。万が一、旦那が早引けでもして帰宅したらどうなるというんだ。間男に間違われるのがオチだろう。間男のようなことをしたのなら覚悟も出来るが、シャワーだけで間男は、あまりにも悲しい……

「いや~、ご主人に悪いから、やめておきましょう。貴女ともっと話がしたい誘惑はありますけどね」俺は冗談交じりに、女を軽く口説いた。

「主人はいません!」女は俺の思惑を知ってか知らずか、断固旦那が居ない、と宣言した。

「ご主人がいない?でもお嬢さんが…、いや余計な詮索だな」

「良いんです。居たけど、もう居ないんです」女は嫌に明るく答えた。

「ほう、追い出したんですか」俺も気軽に言葉を返した。

「ハイ、追い出しました。マミが1歳になる前に…。兎に角、お入りください、汚していますけど」女は子供を抱えて、玄関のカギを開け、俺を招き入れた。
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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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