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第122章
「やっぱり、その第三の愛人のマンションが怪しいかもな」俺は、その頃から癖になった、敦美の内腿に腕を伸ばして寝ころびながら話していた。
「銀行は凍結されているから、金庫があったとしても、開けられないよね」敦美も、内腿に俺の手があることを気にもせず答えた。
「そういうことになるね。たまたま、君が金持ちだったから良いようなものだけど、旦那の収入だけで生きていたら、大変な事態になっていたわけだ」
「ほんと、父に感謝だわ」
「そうか、それで、お父さんの遺産相続って揉めるようなことはなかったの」俺は、全体の大きな流れを整理するつもりだった。
「相続人が私一人だったからね。遺言の中に、常務、番頭さんだった人に、1億円を退職金名目で渡すように書かれていたから、その通りにしただけよ」
「お父上関係の相続は問題なしか。旦那の方の財産は、どうなっているわけ?」
「資産が凍結されているから、会計士に任せっきりだけど、どうなるのかな」敦美にとって、片山の資産などどうでも良い口ぶりなのだが、おそらく、それなりに貯めこんでいた可能性はあった。
「旦那は、生命保険とかに入っていなかったの」
「ううん、幾つか入っていたわ」
「その保険証書とかは」
「あの部屋にあるはずよ」
「まだ、手続きとかはしてないわけか」
「会計士がするはずだけど、もう、あの部屋入れるのかしら」
「もう入れるんじゃないの。それに、いつまで借りていても無駄だからね、解約の手続きもしないと」
「そうよね。片山の口座から天引きされちゃうんだから」
「いや待てよ、天引きはされない筈だから、いまは家賃滞納状態なのかも……」
「そうなの?」
「そうだよ。不動産屋から催促の電話とかないの」
「ないよ。いや待って、不動産屋に、電話番号知らせてなかったから……。知らせた方が良いかしら?」
「いや、慌てる必要はないよ。借主が死んだのだから、口座が解除されたら払いますと言っておいたら」
「そうね、でもまだ警察の出入り禁止テープ貼られているのかな?」
「そうか、まだ、あれ以来、あの部屋には行ってないのだね」
「今夜、行ってみようか」
「あそこに?」
「だって君の洋服だって、随分残してあるわけだし」
ふたりは気軽に腰を上げると、新宿に向かった。
つづく
第121章
「それで、寿美さんは、心当りを当たってくれるって言ったわけだね」
「そうよ。分るかどうか自信ないけど、一応当たってみてくれるって」
「それで充分だよ。ボールは、あちら側に渡ったってことだからね」
「寿美に聞かれたので、知っている二人の愛人の話しちゃったけど、あの人たちに危害が加わったりしないよね」
俺は、返事をする前に考えた。
「さぁ、どうだろう。三人の愛人の誰かに“片山ノート”が渡されているとして、その誰かは、君も判らないわけでしょう」
「確実にはね。ただ、最近のアイツの私生活から観察する限り、最後の一番新しい愛人の可能性が大きいわ。他とのつき合いはおざなりな感じだったから……」
「でも、愛人だったわけだろう」
「そうね、部屋代とか振り込んでいたようだから、やっぱり愛人ではあったのでしょうけど、信頼とか愛とか、そういう感じはなくなっていたと思うの。だったら、そんなに大切なものなら、家の金庫に入れておくか、愛人に持たせておくかでしょう」
「まぁね。でも、俺だったら、貸金庫に預けるけどね」
「貸金庫ね……。銀行の」
「あぁ1千万単位の預金がれば、貸金庫さえ空いていれば貸してくれるからね」
「そういうこともあるわけね」
「そっちは、確認してみたの」
「まだ、確認していない。生命保険の方は証書があったから、連絡したけど……」
「君は、殺人のあったあの部屋には行ったんだよね」
「行ったことは行ったけど、刑事が大勢いる中で部屋に入ったから、頭パニクっていたから、あまりよく見てないのよね……」
「まぁ、それもそうだ。そんな状態で、物入れを確認するなんて出来ないよな。精々、ざっと見回して終わりだろうからね」
「警察の押収物の中に、“片山ノート”があったなんてことないよね」
「さぁ、どうだろう。片山さんは殺された被害者だからね、その被害者の部屋のものを押収するってのも、本当は変なんだよ」
「変なの?」
「そう、変なんだよ。殺人に使われた凶器とか、飲みかけのグラスとか、そういう物が押収されることはあっても、パソコンとか、その他の書類とか、行きすぎな感じがするよね」
「それってどういうこと」
「そうだね。もしかすると、片山さんは、他の犯罪で捜査対象になっていた可能性は否定できないからね」
「それってのが、“片山ノート”ってこと」
「かもしれない。でも、押収物の中に、“片山ノート”はなかったんだよね」
「うん、なかった」
敦美と俺の間で沈黙の時間が流れた。
つづく
第120章
翌日、敦美は俺の話に納得した。
流石に旧知の間柄とはいっても、一度は拉致監禁した男たちに、警戒心があったのは当然だった。いや、警戒心よりも怖さを感じていたに違いなかった。
寿美に、遠回しに、片山の第三の愛人の情報を伝えるのは、敦美の役目になった。
この時点で、敦美は、寿美と俺の関係に疑いは持っていない様子だった。
幾分ホッとすると同時に、心苦しくもあった。またこれから、関係をどこまで隠し通せるものか、ひどく心許ない気分だった。
いずれの日には、俺と寿美の関係も露見することになるのだろうが、その時は俎板の鯉状態になるしかないと、腹は決まっていた。
棚からぼた餅のようにして手に入れた敦美という女だった。おそらく、それを失う時も、予告なしにやってくるような気がした。
たまたま、その女が15億円の資産家で、俺は、その運用を任され、両手に花状態になったわけだ。
考えてみれば、夢のような話で、うたかたの泡と消えても文句の言える立場ではなかったのだから、自分を早々に納得させることは出来て当然だった。
話の筋書きは敦美が考えた。その方が作り話が少なく、単純で分りやすい。
俺が余計なテクニックに走る方が不自然になる可能性があるわけで、敦美らしい調子で、寿美に、なんとなく打ち明ける方が自然だった。
無論、その情報を、寿美が、我々の思惑通りに扱うかどうか、その点は不明だった。
しかし、敦美も俺も、欄外にいるためには、避けて通れない受け身な姿勢だった。
金持ち喧嘩せずとはよく言ったものだが、敦美にも俺にも、“片山ノート”は無用の長物であり、危険物のようなものなのだから、そのように扱うべきものだった。
話のはじまりは、敦美が寿美に片山の愛人について知っていることはないか尋ねることだった。
おそらく、寿美は片山の情報に関して、根本的に知らないフリをするのは判っていた。
寿美が、片山亮介の情報に精通していては都合が悪いわけで、自分は番外地に居る存在だと印象づけるに違いなかった。
ただ、片山亮介の女房であった敦美には、旧知に間柄である寿美に、問わず語りをすることは、不自然ではない。
そして、最近片山が頻繁に会っていた、第三の愛人が、寿美の友人である可能性もあるので、色々知り合いに聞いて貰えないかと云う話をした。
寿美からは、第三の愛人と言うくらいだから、第一、第二の愛人のことは知っているのか聞かれたようだ。
敦美は、知っていると答えたようだ。
つづく
第119章
“片山ノート”が決め手だなどと、不用意なことを言ってしまったものだ。
俺の悪い癖だが、その瞬間に閃いたことを、取りあえず、口に出してしまうことがある。ただ、その口に出した話の内容は、その後、自分の中で咀嚼するうちに、異なるものになっていることが、結構あった。
ただ、その異なった答えを、話した人間に、変更になったと伝達しない、悪い癖もあった。
しかし待てよ。“片山ノート”を欲しがっているのは、寿美の家族であり、敦美も俺も、そんなものは欲しいと思ってはいない。
そう、奴らに探させれば良いのではないか。なにも敦美が身の危険のある探索をする必要なんてないのだ。
寿美の家族のことは、敦美が知っている筈だった。
父親でも兄貴でも弟でも構わない。“片山ノート”を、片山亮介の第三の愛人が隠し持っている可能性を耳打ちすれば良い。
あとは、彼らが、どのように第三の愛人に辿りつき、その愛人に“片山ノート”の在りかを吐かせるかどうかの問題だ。拉致監禁も良いだろうし、第三の愛人の部屋で、拷問するのも、奴らの勝手だ。
しかし、第三の愛人も、“片山ノート”を持っていない可能性はあった。
その場合、いったん消えた矛先が、再び敦美に向かってくる危険があった。
敦美に何か起きることは、現時点では望ましくなかった。
積極的悪意ではないが、今となっては、敦美は美味しいクライアントなのだから、彼女の身に、何かが起きることは望ましいことではなかった。
いつから、自分がこのように金の魅惑に憑りつかれたのか、不思議だった。
ものごとを判断する基準値に金銭が、意外なほど大きな顔でのさばっていた。その顔は、正しささえ抑え込む力を持っているかのようだった。
俺は、そんな呪縛から逃れるように軽く頭を振ってみたが、何の効果もなかった。
おそらく、金銭に拘らない生きかたをしていたつもりの俺も、15億円以上の金の魔力に、大きな影響を受けていることは否めなかった。
15億円には、それ相当の魅力があると云うことなのだろう。
しかし、俺自身の内部的変化がどうであろうと、今は現実に対して、より合理的な方法を探すべきで、そのことに集中すべきだった。
自己矛盾は、のちのち考えても充分時間は残されていた。
寿美の家族が、敦美にとっての強迫者なのだから、彼らに、直接情報を提供するのは危険だった。後になって、その情報が偽物だったと言いがかりをつけてくる危険があった。
彼らの耳に、伝聞的に話が入ってくるのが好ましいだろう。
そう、そのメッセンジャーは寿美が適役だった。
問題は、寿美にどのようにして、誰が、片山亮介の第三の愛人の情報を伝え、ノートが、そこにあるかもしれないと知らせるかだった。
俺が寿美に伝える方が、敦美を、“片山ノート”から遠ざけることが出来た。
ただ、そのようなこみ入った情報を、俺が寿美の耳に入れると云うことは、敦美からみると、随分俺が、寿美とのコンタクトも親密に実行出来る関係だと疑う余地があった。
敦美は、寿美の家族が“片山ノート”を欲しがっているのを知っているのだから、その家族である寿美に、そこにあるかもしれないと云う情報を伝えるのは、自分の安全のためにも合理的だった。
しかし、高価なクライアントを失う危険がゼロではない点は気になったが、敦美を前面に立てるのは、一層危険だった。
つづく