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第135章
殺害された森永俊祐と関係のある人物たちがリストアップされているかもしれない覚醒剤購入者のリストを、自分が持っている事実に戸惑いがあった。
あの“片山ノート”に記されたリストの中には、政界や財界、芸能界関係者が何人かいるに違いなかった。
その関係者を追い続け、何人か炙り出すだけでも、最低で二週間は、特集記事を埋められるだろう。運がよければ、政財界を揺るがす汚染された人脈の炙り出しも充分にあり得た。
いや、そのことよりも、森永俊祐の事件が、すんなりと警察発表されたことの方が気になった。
本来であれば、次期総裁候補の一人である森永卓造の息子が、覚せい剤反応が出る状況で殺害された事実が、すんなり公表されること自体が奇異だった。
少なくとも、覚せい剤反応に関しては情報を隠ぺいするのが常道なはずなのだ。
ということは、現総理が再選を考えているために、ライバルのスキャンダルを公表して、追い落としを謀ったと考えるのが筋だ。しかし、現総理が次期総裁選に出馬する可能性は低いと云うのが永田町界隈の噂だった。
となると、森永卓造のライバルである内田康之幹事長の勢力による、森永卓造追い落としの線が濃厚になる。
そういえば、内田康之は防衛省出身の官僚だ。内調との関係は深いだろうし、警察関係にも太い線があるに違いなかった。
ウィキペディアで内田康之を調べてみた。内田康之・東京都出身(1968年1月 - )は、日本の政治家、防衛省官僚、外交官。J党、防衛省政務次官、国家公安委員長、J党幹事長代理、J党幹事長。
なるほど、60歳で幹事長か。総裁候補として名前が上がっても不思議のない政治経歴だ。たしか、森永卓造よりもキャリア的に順当な総裁候補なのだ。
森永卓造の場合、国民的人気があるのは事実だが、党人派な政治家で、歯に衣着せぬもの言いで、世間をあっと言わせるようなパフォーマンスが過ぎると云う批判も聞かれる政治家だった。
そのような気さくさを売り物にする政治家の次男である、殺された森永俊祐も同じような性格の持ち主であったことが窺える。
その社交性の強さは、フトしたきっかけで芸能人やベンチャー系企業の経営者らと懇意になりやすいもので、次期総裁候補の息子ということもあり、日々誘惑の中に身を置いていたに違いない。
そのような環境に置かれた若い男の多くは、さまざまな甘美な誘惑に抗う力はなく、訓練される前に、毒蛾に冒され、身を持ち崩すものだった。
殺された森永俊祐が典型的な人物であったかは、これから知ることになるだろうが、永田町の方は蜂の巣を突いたような慌ただしさに違いなかった。
時計は22時を回ったばかりだった。
兄の新聞社に電話を入れた。
「森永卓造の次男が殺されたらしいね、永田町は騒ぎになっているのかな?」
「いや、もうそんな気はないんだけどね。それにしても、手際の良い話だけど、森永卓造氏は覚悟していた、そういうことなんだ」
「そうか、それじゃぁ一件落着ってことだ」
「へぇ、そう云うわけにはいかない按配って?」
「極秘ですか、それなら聞くわけにはいかないけどね、俺さ、その殺された連中が覚醒剤を購入していたであろう人間たちのリストの一部を持っているんだけど、必要かな?」
俺は、“片山ノート”のリストの断片を切り刻んで、あらゆる情報のツールに使うことを思いついていた。
つづく
第134章
上野から電話が入った。
“もしもし、饗庭さん、ニュース聞きましたか。森永卓造の息子が殺されましたよ”
「あぁさっきのニュースで知ったよ……」
“あの事件、覚醒剤絡みらしいんですけど、何か知っていますか?”
「実は、近々渡そうと思っていたデータがあってさ、そのデータに森永俊祐って名前があるんだよ。つまり、殺された森永俊祐は、例の片山亮介の顧客だった可能性が濃いということなんだ」
“えっ!そうなんですか。そのデータって、饗庭さんの手元にあるってことですね”
「そういうことだ。明日にでも、“静”で会おうか」
“是非、しかし、こみ入ってきましたね”
「うん、気持ちが揺さぶられる事件だけどね、相当にあぶない事件かもしれないよ」
“そうですね、慎重に扱わないと、厄介な立場になりそうな事件ですね”
「そうなんだ。僕も、考えが纏まっていないんだよ。まとまる前に、君から電話がかかってきてしまった」
“いやぁ、それはスミマセンでした。だったら、明日までに、饗庭さんの考えを纏めておいてください。そして、”静“で、その結論を聞かせてください”
「そういう事にしよう。お互いに、命にかかわることだからね」
“想像以上に厄介、そういう感じですか?”
「厄介だね。次期総裁の目もある森永卓造の次男が殺された。しかも、薬物反応が出たわけだから、親父の政治生命だって怪しくなるからな」
“もしかすると、殺された森永俊祐以外にも、覚醒剤に汚染された政治家の息子や娘が絡んでいることも考えられますね”
「そうなんだね。しかし、内調とかが絡んでいる可能性がある場合、普通は、ああいうかたちで報道されないと思うんだが、そこが奇妙だ……」
“たしかに、警察に好きなように公表させたと云うことは……”
「そう、森永卓造の総裁の目を摘んでおこうとする勢力があると云うことだ」
“そうかぁ、随分キナ臭い事件になってきましたね”
「そういうことだ。追えば追うほど、危険が近づいてくるような事件だと思うよ。上野君も、よほど腹を据えないと、追わない方がいい事件かもしれないからね」
“饗庭さんは、どうなさる積りですか”
「俺の方は、もうルポを書くつもりはないから、君に情報を提供してオシマイだよ」俺は、心にもないことを言っている気もしたが、すらすらと出た嘘を、打ち消すつもりもなかった。
つづく
第133章
寿美と別れた俺は、久々に家のテーブルで食事をしていた。
日本人の食卓に、テレビがセットのようになったのは、何時からだったろうなどと考えながら、画面を見つめていた。
たしか、東京オリンピックだったか、それとも、今上天皇が皇太子の時のご成婚のパレード辺りからだったろうか、そんなことを考えていた。
その時、「殺害されたのは、森永俊祐さん38歳とみられ……」アナウンサーが無機質にニュースを伝えていた。
どこかで聞いた名前だと思ったが、俺が記憶している森永俊祐と云う男と、ニュースが伝える森永俊祐が同一人物だと気づくまでに、相当の間があった。
“おいおい、厄介なことになってきたぞ。片山ノートと関係がなければ、問題はないが、覚醒剤絡みの殺人となると、話は複雑な流れになっくる。片山の殺人事件と、森永俊祐の殺人事件に繋がりがあると、敦美や、寿美家族にも影響が及んでくるのではないか。ここは思案のしどころだ……”
「貴方、もうお食事は良いのかしら」女房の声で、我に返った。
「いや、もう少し食べるよ。悪いけど、水割り作ってくれ」俺は、平静を装って、テレビの前から動かなかった。
NHK9時のニュースの後から、テレビ朝日のニュースがある筈だったので、それを確認した上で、部屋に入りたかった。
10時のニュースで、殺された森永俊祐が、J党の閣僚経験者で、現在は党の政調会長の職にある森永卓造氏の次男であることが判った。
また、殺された森永俊祐の体内から、薬物反応があったことも、ニュースは伝えていた。
J党内に激震が走っているのは確実だった。官邸には、既に内調から森永俊祐に関する覚醒剤疑惑の情報は上がっていただろうから、報道の隠ぺいも可能だったはずなのに、公表した意味も、また疑惑を深いものにしていた。
これは上野にとって大スクープになる可能性が出てきたわけだ。次期総裁候補とまで目されていた森永卓造の次男の死は、大きく政界を揺さぶる可能性があるのだ。
俺は、水割り片手に部屋に入った。
永田町絡みの事件であることが判った時点から、俺の内部で化学反応が起きていた。
上野に情報を渡して、棚ぼたを待とうとした自分に腹を立てていた。
ルポライターの魂が、体内から突き上げてきた。この事件の情報を最も持っているのが、誰あろう、俺自身だという確信が、俺を揺さぶった。
調べてみたい、自分の手で……。
しかし、多くの情報を持っていると同時に、多くの危険も抱えていた。片山亮介の事件と、森永俊祐の事件は関連しているに違いないのだ。
そうなれば、敦美も寿美も、そして寿美の家族も当事者になるわけだ。誰あろう、現に“片山ノート”を持っている俺自身も当事者なのだ。
官邸、内調を相手にする事件だということの意味を、俺は十分認識する必要があった。衝動的に動いて良い筈のない問題ではなかった。
つづく
第132章
「森永俊祐って男がキーなわけ?」
寿美は、一時間ほどの行為の中で、少なくとも十数回のオーガズムを味わい、火照った身体を押しつけて、更なる欲情が湧き上がることを期待していた。
「ハッキリしたことは知らないけれど、その男は、渋谷の円山町付近に住んでいて、政治家の子供や芸能人関係者と繋がりがあるって、それだけの情報。大した意味はないだろうけど、一応知らせた方が良いと思ってね……」
「兄たちに聞けば、なにか判るのかもね……」
「そういえば、お兄さんは、無事に帰ってきたの?」
「そう、少なくとも今回はね……。でも、また呼ばれる可能性の方が高いみたいよ、覚悟している風だったから」
「逃げる気もないわけか……」
「逃げても意味ないと思うの。社交的性格だから、隠遁な生活するくらいなら、刑務所を選ぶような人だもの…」
「腹が座っているね。しかし、お兄さん達が欲しいのは、片山を殺した犯人探しじゃなく、彼のノートが欲しいんだから、あまり価値のある情報じゃないからね……」
「多分、殺した犯人になんか興味はない筈、欲しがっているのは、どこまでいっても顧客データが欲しいだけよ」
「だろうね。片山の顧客が、どのくらいいたのか知らないけど、森永って男の周りを手繰れば、相当の顧客は見つかるんじゃないかな」
「無理だと思う。片山の顧客は1000人近くいたらしいから、兄たちにしてみると、僅かな情報に過ぎないと思うの……」
「そんなに居たの?」
「そうらしいわよ」
「凄いバイヤーだったんだ」
「そう、相当のやり手だった。だから、殺されたのかもしれないんだけどね」
「敦美さんの話だと、彼女の財産目当ての男のような感じだったけど、かなり印象が違う男性のようだね」
「そうね、兄たちも彼に支配されている感じだったもの。きっと、相当の悪だと思うわ」
「敦美さんが結婚した頃と違う男性に変ったのかもしれないからね」
「たまに居るでしょう、経験を重ねるうちに腹が座ってくる人って」
「そうなんだろうね。女房の目とか、亭主の目ってのは、案外、節穴なことはあるだろうね」
「そう、灯台下暗しって言うもの……」
つづく
第131章
“森永俊祐”という男は広告業界に身を置いていたわけで、芸能関係との繋がりもヒットした。
驚くことに、今では、芸能人の巣窟と噂される、渋谷円山町に居を構えていた。
おれは、この情報は、上野に進呈してやろうと思った。意味もなく、彼に、無駄な時間を費やさせるのは、この際、賢明ではなかった。
このヒントがあれば、上野は、俺がもっと重要な情報を隠し持っていると思っても、素直に協力するモチベーションに繋がる筈なのだ。
やり手の記者であれば、“森永俊祐”の身分照会から、何人かの有力者の子息令嬢や、適当に売れている芸能人が浮かび上がるに違いなかった。
そうなれば、リストの中で検索すべき人間の目星もつくだろうから、芋ずる式に、関係者の掘り起こしが可能だった。
そのリストは、警察からの情報を吸い上げる場合にも有効だし、汚れたエリート集団の覚醒剤汚染疑惑を、三週連続で特集記事にすることも可能なはずだ。
上野の件は、これで良い。上野のことだから、情報源である俺の存在は重要なわけだから、逐一、彼が得た情報も開示してくるだろうから、労せずして、“片山ノート”の解明が出来る。
問題は、この一連の捜査状況を、寿美家族の方に、どのような形で知らせるかということだ。
当然のことだが、寿美を通じて、彼らに情報を流してやるわけだが、寿美家族にとって、欲しいものが、家族の身の安全なのか、覚せい剤の販売ルートの情報が欲しいのか、その辺が曖昧だった。
寿美に会う必要があった。
寝る前にメールで、敦美には、今夜は仕事で、そちらには行けないと伝えた。
敦美からも、了解の返信があった。
翌日の昼過ぎに、上野と、例のジャズバー静で合う約束をして、俺はベッドに横になった。
なかなか寝つけなかった。一瞬、まどろむのだが、また目が覚め、又まどろむ繰り返しだった。
そうこうしている内に、寿美にメールをするのを忘れていることに気づいた。
肝心の寿美を忘れるとはと思ったが、今回の“片山ノート”に関して、寿美の存在が、どの程度の位置づけになるのか考えてみると、それほど重要な地位に居るようには思えなかった。
しかし、まったく不要な存在でもない。彼女の家族が、血眼になって探していた“片山ノート”のデータを、実は俺が持っているのだから、彼女の家族にとっては、或る意味で、俺が最も狙うべきターゲット、そのものになっていた。
そんなことを考えながら、俺は寿美にメールを入れた。
数分もせずに、寿美からいつもの宿で、午後三時に、とメールが返ってきた。
いつのまにか、俺はまどろみから、本格的眠りに就いた。
夢を見ていた。寿美のヴァギナに陰茎を挿し込んだまま寝てしまい、寿美を酷く不機嫌にしてしまう夢だった。
つづく