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第133章
寿美と別れた俺は、久々に家のテーブルで食事をしていた。
日本人の食卓に、テレビがセットのようになったのは、何時からだったろうなどと考えながら、画面を見つめていた。
たしか、東京オリンピックだったか、それとも、今上天皇が皇太子の時のご成婚のパレード辺りからだったろうか、そんなことを考えていた。
その時、「殺害されたのは、森永俊祐さん38歳とみられ……」アナウンサーが無機質にニュースを伝えていた。
どこかで聞いた名前だと思ったが、俺が記憶している森永俊祐と云う男と、ニュースが伝える森永俊祐が同一人物だと気づくまでに、相当の間があった。
“おいおい、厄介なことになってきたぞ。片山ノートと関係がなければ、問題はないが、覚醒剤絡みの殺人となると、話は複雑な流れになっくる。片山の殺人事件と、森永俊祐の殺人事件に繋がりがあると、敦美や、寿美家族にも影響が及んでくるのではないか。ここは思案のしどころだ……”
「貴方、もうお食事は良いのかしら」女房の声で、我に返った。
「いや、もう少し食べるよ。悪いけど、水割り作ってくれ」俺は、平静を装って、テレビの前から動かなかった。
NHK9時のニュースの後から、テレビ朝日のニュースがある筈だったので、それを確認した上で、部屋に入りたかった。
10時のニュースで、殺された森永俊祐が、J党の閣僚経験者で、現在は党の政調会長の職にある森永卓造氏の次男であることが判った。
また、殺された森永俊祐の体内から、薬物反応があったことも、ニュースは伝えていた。
J党内に激震が走っているのは確実だった。官邸には、既に内調から森永俊祐に関する覚醒剤疑惑の情報は上がっていただろうから、報道の隠ぺいも可能だったはずなのに、公表した意味も、また疑惑を深いものにしていた。
これは上野にとって大スクープになる可能性が出てきたわけだ。次期総裁候補とまで目されていた森永卓造の次男の死は、大きく政界を揺さぶる可能性があるのだ。
俺は、水割り片手に部屋に入った。
永田町絡みの事件であることが判った時点から、俺の内部で化学反応が起きていた。
上野に情報を渡して、棚ぼたを待とうとした自分に腹を立てていた。
ルポライターの魂が、体内から突き上げてきた。この事件の情報を最も持っているのが、誰あろう、俺自身だという確信が、俺を揺さぶった。
調べてみたい、自分の手で……。
しかし、多くの情報を持っていると同時に、多くの危険も抱えていた。片山亮介の事件と、森永俊祐の事件は関連しているに違いないのだ。
そうなれば、敦美も寿美も、そして寿美の家族も当事者になるわけだ。誰あろう、現に“片山ノート”を持っている俺自身も当事者なのだ。
官邸、内調を相手にする事件だということの意味を、俺は十分認識する必要があった。衝動的に動いて良い筈のない問題ではなかった。
つづく