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第125章
「なにか見つかった?」敦美がコーラの瓶を持って、片山の書斎に現れた。
「いや、めぼしいものはないね。片山さんって、音楽のセンスは好かったようだね。クラシックのセンスも好いし、ジャズ、ロックのCDのコレクションも上等だ。BOSEのセットも中々なものだからね、感心してみてたよ」
「あら、興味あるの。だったら、何かの機会に持って行ってよ。あの人も、好きな人に遺品として貰って貰えたら本望なはずだから」
「そうだね、なんかの時に、CDは貰おうかな。そういう君はいらないの」
「そうね、長淵とかEXILE、中島みゆき、その辺の日本人のは、全部私のだから、私が持って行くけど」
「そう、だったら、敦美が持って行ったあとの残りを俺が貰うよ。でも、彼の記念に、一枚くらい持って行ったら」
「いらない。死んだ人に興味ないし、死ぬ前に、もう片山とは、心の中で別れていたわけだから……」
「まぁ、そういえば、そうだけど。何となくの記念とかさ。こういう感傷は、男の感覚かもしれないけどね」
「そうだと思う。もう、私の中には片山はいないもの。貴方がいる、そこまでは思ってはいないけどね」
「言ってくれるね。でも、まぁ、そのくらいの関係の方が、お互い疲れないとも言えるからね」
「そうだよ。本当に愛したら、別に帰る家があるなんて、許せないもの……」
「それはたしかだな。やはり、重要な存在にならない方が安全なようだ」
「アッそれは違うわよ。貴方は、少なくとも現在の私には重要な人物よ。ただ、愛しているとか、そういうことでは、最重要ではないって感じだってこと、勘違いは嫌よ」
「そうだね、君の資産運用の責任者だった」
「そう言えば、最近の運用益、かなり良いのよね。あの調子だと、年の利回りが10%近く行くんじゃないの?」
「まぁこの調子が続くとは限らないからね。でも、悪くても、この一年の利回りは、7%は確定的だね」
「そうなんだ。いま運用しているのって10億だったから、7千万の運用益ね、すごい、私たち、もっと贅沢しても良いんじゃないのかな」
「まあね、月額にして450万は遣えるね。元金減らさずに」
「えっ、7千万なら、もっと多くない?」
「税金があるよ。手取りは、どんなに優遇税制を駆使しても、8掛けが良いところだから、年間5600万、月にすると、450万ってことだよ」
「あぁそうか、税金取られるのね」
「敦美から税金取らずに、誰から税金取ればいいのってことだろう」
「そうか、そう言われればそうよね。私たちのは、不労所得だもんね」
「そう、自分は働かずに、銭に働いて貰っているわけだから、沢山税金払わないと罰が当たるよ」
「その割には、あまり払っていると威張れた税額じゃないけどさ」
「威張れないの?」
「そうりゃそうだよ、サラリーマンなんか、3割以上取られているんだからさ」
「えーっそんなに。よく、革命が起きないよね」
「まったくだね」
ふたりは笑いながら、片山が殺されたマンションを後にした。
つづく
第124章
壁紙は、警察が部屋を調べた時点ではしっかりと貼りついていたものが、今になって剥がれたのだろうか、いずれにしても、奇妙な捲れ方だった。
特に注意深く剥がす気はなかった。手触りで、中に紙片らしき大きさのものが挿し込まれているのはたしかだった。
かなり乱暴に剥がした所為か、指で押しても、唾をつけて押しても、もう剥がれを簡単に修復することは出来なかった。
しかし、もう解約するだけになった部屋に遠慮は不要だった。敷金から、修理代を差し引かれることを心配する懐具合でもないのだから、その剥がれは、どうでも良かった。
その紙は付箋だった。
付箋の糊の部分を二つ折りにし簡易な袋状の中に、マイクロSDカードが貼りついていた。
秘密を守る必要がある情報が詰まったSDカードを、俺が簡単に見つけてしまえる方法で隠すと云うのは不自然だった。
このSDカードに、愛人との秘密のビデオや写真が収められていることも考えられたが、そのような内容のSDカードを、女房の住むマンションに隠すと云うのは間が抜けていた。
片山が小児性愛愛好者であれば、その対象の、少年や少女の写真や動画を収めている可能性もあったが、32GBのデータ容量では、収蔵とまでは至らないものだった。
ということは……。
俺は、そのマイクロSDカードを、付箋で元通りに包み、さらにトイレットペーパーにくるんで、ポケットに押し込んだ。
このことは、当面、敦美にも話さず、自分の判断材料に利用すべきと考えた。
敦美に対抗すべき関係が来るとも思わないが、取りあえず、敦美には話さないでおこうと思った。
俺の勘は、それが問題の“片山ノート”だと直感していた。
こんなに簡単に、“片山ノート”が手に入ったことに拍子抜けを覚えたが、モノが見つかる時と云うものは、こういう偶然で起きることが多かった。
無論、確認するまで、マイクロSDカードが“片山ノート”である保証はなかった。
しかし、あまりにも単純な所に、片山が隠したと云うことは、緊急を要したからだろうと推測で来た。
然るべきところに、貴重な情報源である“片山ノート”を隠す時間がなかった場合、自分の家のトイレに隠すのもやむを得なかった、そういう状況だったと想像できた。
その情報の一部の権利を主張出来るような人物が、片山のマンションに押しかけ、ドアを叩きだしたのだろう。
そうなれば、もう外部にSDカードを隠す余裕はないのだから、このような場所に隠すのがやっとだったのだろう。
ということは、そのドアを叩いた人物、複数かもしれないが、片山が持っている情報を、力づくでも取り上げようと云う輩だと、片山は知っていたのだろう。
もしかすると、自分が殺されるかもしれないくらい覚悟するような訪問者だった可能性が強かった。
つづく
第123章
片山と敦美が暮らしていた部屋は、窓を閉め切っていた臭いはあったが、死人がいたような印象はなかった。
「リビングには入りたくないの」敦美が、俺の背に隠れて呟いた。
警察の立ち入り禁止のテープは既になかった。
敦美は、寝室と自分の部屋を行ったり来たりしながら、必要な物を掻き集めていた。
俺も、警察が入念に調べたであろうリビングはパスして、片山の書斎を入念に調べてみた。
パソコンのない片山のデスクは寂しかった。
引き出しは開いていたが、乱雑に掻きまわされていた。警察の家宅捜索というものは常にそうだった。どちらかといえば、片山のマンションは乱雑にかき乱されてはいない方だった。
俺は、片山の愛人に関する情報がないか、その辺を嗅ぎ回った。そのような情報は、リビングや夫婦の寝室におくことはあり得なかった。
もし、何かを隠すとしたら、自分の部屋か、下駄箱、納戸や、バスルーム、トイレのような所に違いないような気がした。無論、警察に抜かりがあるとは思えないのだが……。
しかし、こと愛人が誰であるかと云う興味は、当面の警察の関心事ではないはずだから、どこかに、それを示す書きつけ程度残っていても不思議はなかった。
片山の携帯は、おそらく、警察が持ち去ったらしく、衣服からも、部屋からも見つからなかったようである。
しかし、一定の期間を過ぎれば、片山の携帯も戻ってくるわけで、チェックはそれからだ。
考えてみると、片山は殺される前から、警察にマークされていた可能性が濃厚なのだから、彼の携帯含む押収物から、関係者を割りだしているのは当然なのだ。
つまり、片山の愛人が三人であれば、その三人も参考人として、既に呼ばれているかもしれなかった。
もしかすると、寿美の家族の中にも、事情聴取を受けている人間がいるのかもしれない。
上野の顔を思い出した。切れ者の雰囲気はないが、俺の誘導が上手であれば、彼の特ダネにもなり、俺も情報を掴めるかもしれなかった。
トイレにしゃがみ込んで、用便しながら上野の番号を押してみた。トイレに入った時、何か壁の下の方に切れたような線が光って見えた。
用便が済んだら確認しようとしていると、上野が電話に出た。
「例の新宿の殺人事件に進展はあったのかな?」
「そうか、追いにくいのか。公安が出てきていると厄介だね。記者クラブからのリークも期待できないからな」
「顧客リストも見つかっていないんじゃ、薬物の方からの捜査も難航か……。そうか、クスリの入手ルートと公安関連が絡んでいるわけだね。つまり、入手ルートは解明できている、そういう感じなわけか」
「なるほど、泳がせているわけだね……」
「公安が、入手ルート関連の捜査に待ったをかけているわけだ……、そうか……」
「こちらの情報としては、彼には愛人が三人いたようなんだね。二人は判っているのだが、最後のひとりが本命らしくてね、その彼女が、情報が詰まった何かを持っている可能性があるから動いているが、その三番目の愛人が誰なのかが、わからなくてね」
「うん、また連絡するよ。もう俺は書かないから、上野さんの自由にすればいいから」
上野の電話を切った俺は、気になっていた、便器の裏側の壁に手を添えた。
つづく