第488章「姉さん、ヨカッタよ!あの調子なら、姉さん、絶対に行ける」有紀が、大きな声を上げながら帰ってきた。
「みんなが、驚いていたよ。初演技で、あんな風に出来るなんて不思議だって」
私はキッチンで、シチューを作りながら、背中で、有紀の声を聞いていた。
「いま、料理中!」私も、同じくらい大きな声で答えた。
有紀は、小走りでキッチンまで来ると、シチューを静かにかき混ぜている私の背中を抱きしめた。
「どうしたのよ、飲んできたの?」
「飲んでませんよ。それより、姉さんこそ、料理するなんて、どういう風の吹きまわし?」
「色々、考えている内に、料理が作りたくなっただけ。それよりも、シャワーでも浴びておいでよ。出た頃には、シチュー出来ているから……」
“ハーイ”と、ご機嫌な声を出して遠ざかる有紀の足音を聞きながら、本当に、私の演技が大丈夫だったのか、真剣に確認しようと思っていた。
そうして、どうして、自分は、知らず知らずに料理をする気になっているのか、奇妙な気分だった。
「美味しいかしら?」私の味見では、まずまず食べられる代物だったけど、有紀の感想を聞きたかった。
「そうね、コクがないかな。何か、もっと意味不明なスパイスを入れるとか、チーズを溶かすとか。でも、パンに滲みらせると結構イケルよ」
有紀の感想は尤もだった。シチューの素だけで作ったのだから、コクがないのは肯けた。
「今度は、工夫してみるよ」
「あら、これからだって大丈夫だよ。かなり、作ったんでしょう?」
「タップリね」
有紀は、それでも、悪いと思ったのか、盛りつけたぶんのシチューを片づけて、キッチンに向かった。
私は、有紀のキッチンに向かっている姿を眺めながら、手際の良さを惚れ惚れと見ていた。
何が違うのだろう。後姿も、指先の動きも、味をたしかめる仕草も、様になっている。演技をしていくうちに身につけたものなのだろうか。いや、生まれつきのものだろう。
私が特別、料理の才能が欠けているのかもしれない。
私のように、自分の子供の三度三度の食事を心配する母親などはいないのかもしれない。ごく自然に出来ることが、実は、私は出来ないのではないのだろうか?
「有紀って、誰かに、食事を作ってあげた経験とかあるの?」
「ない。そんな親切なことしないよ。ひたすら、自分が美味しいと思うものを食べたいだけよ。
“好きこそモノの上手なれ”ってことよ。姉さんには、神様から、料理の能力だけは、与えて貰えなかったんだと思うよ。
そう云う人は、作らなければ良いのよ。他に、出来ることを真剣にやっていれば、許してくれるよ」
「誰が?」
「誰と云うか、世間全体がよ」
「でも、子供は許してくれないかも?」
「あぁそうか。姉さんが、料理なんか始めたのは、“ゆき”の食事の心配に辿りついたわけなんだ」
「良く判ったね、その通り。何とかして、慣れなければと思ってさ……」
「そうね、姉さんに出来るのは、ご飯を炊くくらいかな。それと、サラダを盛りつけるくらいだね」
「酷い言い方だけど、当たっているのかも……」
有紀の意見だと、ご飯を炊いて、食材を冷蔵庫に入れておけば、奈津子さんが、適当に子供のおかずくらいは作ってくれるだろうし、自分も気まぐれに作るし、母さんだって、頼めば、時々何か作って持って来てくれるに違いない。だから、あまり心配する必要はないと、勇気づけてくれた。
万が一のために、レトルト食品、冷凍食品、缶詰などを保存しておけば、急場は凌げるのだから、ツマラナイ心配は無用だと、簡単に片づけられてしまった。
つづく
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