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終着駅478


第478章

途中から母に電話を入れた。夕食を準備している最中だから、帰ってきたら、お風呂に入って、お父さんと晩酌でもしなさいと、嫌に、ご機嫌な声が帰ってきた。

……機嫌が好すぎるのもね……。私は電話を切った。

「ご機嫌なのが怪しいって、変だけど、本当にそうだからね、困っちゃうよね」有紀は、電話の内容を察した口調で同調した。

「多少、棘がある方が、元気なんだって思えるのも変だけど、そうだったからね。まさか、ボケたわけじゃないだろうけど」

「まさか、だって未だ、62、3歳でしょう?」

「たしか、もう直ぐ63になる筈よ。でも、病的な場合は、60も50も関係ないのかもね?」

「なんか、そう云うこと想像するだけで怖いよね」有紀は、母の話を切り上げたいと意思表示するように、窓の方に目を向けていた。

車の振動に同調しながら、無言の二人は浅い眠りに就いていた。車が止まると同時に、二人は姿勢を糺し、支払いを終わらせた。

「しかし、私たちって、急に空間金持ちになっちゃったよね」有紀は、エレベーターに乗り込み、7階のボタンを押しながら話した。

「そうだね、こう云う事って重なるものだけど、身体も時間も決められた分しかないから、居住空間だけ増えても、取扱いに困るんだけどね」私は、どうやって、吉祥寺の家を、落ち着いたものに出来るのか考えていた。

「なるほど、そりゃあそうだな。狭い空間を有効利用することばかり考えていたわけだから、突如真逆の環境に舞い降りたら、面食らうのはたしかだろうね」父も、我々の広すぎる吉祥寺の家の話に乗ってきた。

「幾つ部屋があるの?」母が、食事を用意しながら、大きな声で訊ねてきた。

「一階が、ダイニングキッチンにリビングルームに、客間が二つ。それとトイレタリー。二階が姉さんの部屋、私の部屋、それから子供部屋が二つだったかしら」有紀が、思い出すように答えた。

「子供部屋が二つって、どう云う意味よ」母の頭脳は正常だった。

「あぁ、たしかにどうしてだろうね。私が勝手に、そう思っただけで、予備の部屋が二つってことかな?」有紀が言い繕った。

「吃驚させないでよ。アンタが妊娠したかと思うじゃないのよ」

「そんな暇ないわよ。そう云うこともしたいのに、貧乏、暇なし、世間も煩いしね」

「しかし、考えてみると、有紀の方こそ、子供の一人くらい、ポコッと産んで、ハイ、母さんにあげるわ、なんて言いそうだったのに、浮いた噂が出たことがないね」父が偶然にも、核心をついてきた。

「あら、父さんは、私の子供でも、孫なら可愛いの?」有紀も、負けずにやり返した。

「そりゃあ、孫だって言われて置いて行かれたら、ミルクとオシメの面倒は見るさ。毎日が日曜日なんだからな」

「私は、嫌ですよ。この歳になって、孫の面倒なんてのは、真っ平御免ですからね」

母の言葉に、三人は三様の反応を頭に浮かべ、どのように対応すべきかと迷っていた。

「今日も、ゆきちゃんを預かっていて、心臓が何度止まるか分らないくらい心配だったわよ。気分では、孫の面倒みたいなんて思っていた自分が、愚か者だと思い知ったわよ。涼の選択には、不満だった自分が、間違いだったって気づいたもの」

益々、三人は取るべき態度が見つからずに目を泳がせた。

「母さん、用意手伝おうか?」私は堪らず、母に大声で声をかけた。

「良いよ、私が手伝うから、姉さん、ゆき見てきなよ」

三人は、一時分散することで、難を逃れた。
つづく

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終着駅477


第477章

引っ越しは、驚くほどあっさりと片付いた。吉祥寺の家に対して、私たちの荷物が少なすぎた。

手伝いに来てくれた金子事務所の人々も、遅めの昼食を平らげると、早々に引き上げた。

一人残った金子弁護士も、どこか手持無沙汰な感じで、広々としたリビングに収まった、小さなラブソファーに座っていた。

「どこか奇妙な感じですね……」金子がつぶやいた。

「えぇ、変ですね……」私も呟いた。

「全部収めて判ったことだけど、私たちって、よっぽど物持ちじゃなかったみたいね。家の中がスカスカな感じだもの……」有紀も、落ち着かない顔で呟いた。

「引っ越しをするところまでは考えたけど、私たちの持ち物と、この家とのマッチングは考えも及ばなかったけど、こんなにも寂寞としたものになるなんて、……ね」私は、評論家のように、その時点の印象を口にした。

「いや~、僕の配慮不足と云うか、設計者とのコミュニケーション不足というか、此処の部分に、まったく気が回っていませんでしたよ」金子は、自分の責任であるように恐縮した物言いをした。

「いえ、それは、私が気づくべき問題だったと思います。
でも仮に、気づいたとしても、多分、出来なかったと思います。
色々と片づけることも多かったし、この家に見合っていて、私たちが好むものって、それは、この家に住んでみてから判ることで、棲まない内から、決断なんか出来なかったでしょうから、同じことです」

私は、金子の責任ではないと断念することと、私たちが、これからすべきことを纏めた。

「そうね、そう云うことなんだよね」有紀が同調した。

「狭い空間で、如何に住むか、そればかり考えていた私たちにとっては、これは難敵かもね」私は素直に、寂寞としたリビングを眺め、この家に見合う感覚を身につけるまでは、相当の時間が必要だと痛感していた。

「日本人には、広い空間を愉しむより、狭い空間を愉しむ知恵の方が発達しているから、たしかに難敵かもしれませんね」金子にしては珍しく、答えが見えないと素直に認めていた。

「まあ、あれよね。緊急に住むのに困っているわけでもなさそうだし、気長に、腰据えて、一個一個家具を買い足していくのも行くのも、愉しみの一つと思えば良いんじゃないのかな」

そんな話を済ませると、金子も帰って行った。

「しかしさ、思った以上に広いね。迷子になりそうだよ」有紀が、幾分、乾き気味のかんぴょう巻きを摘まみながら、諦め顔で肩をすぼませた。

「そうね、インテリアデザイナーに頼むよりも、棲みやすさを、自分たちで探して行こうよ。
だいたいが、こんな広いリビング、落ち着かないから、先ずは、ダイニングキッチンをリビングにするってどうかな?
そこから、徐々に私たちの陣地を増やして、いずれは、征服者になってやる。そんな気分で取り掛かる方が、落ち着いて考えられるんじゃないのかな?」

「その手、悪くないね。小さなスペースに、ギシギシ詰め込んで、その慣れた環境から、仕切り直しが、一番短距離になるかも」

そんな風に意見が一致した二人は、ダイニングキッチンに、パラパラと置かれた、ソファーやテレビを運び込んだ。

逆に、ダイニングテーブルをリビングに運び出し、一旦落ち着いてみた。

「取りあえず、此処までで、今夜はやめにしない?」有紀が、ダイニングの雰囲気に落ち着いたのか、違うことを思い出したようだった。

「なにか、仕事があったの?」

「そうなの、次の演目のシナリオが出来上がらなくてさ、皆をやきもきさせているからね」

「有紀の劇団のシナリオ?」

「そういうこと。だから、今夜は高円寺の家で、少し書こうかと思って……」

私も疲れ気味だったので、その後、各部屋の消灯や戸締りの確認に小一時間を費やしたが、無事、警報機を作動させて、吉祥寺の家を出た。
つづく

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終着駅476


第476章

三時間ほどで、衣類、雑貨、食器の類の段ボール詰めが済んだ。

私は、買ってきたコーラで、サンドイッチを流し込みながら、改めて部屋を眺めた。

本や雑誌は束ねて縛れば良かったが、ポスター類の扱いに頭を捻った。

冷蔵庫の中身は、飲み物を除いて、すべて廃棄の袋に突っ込んだ。その他の電化製品は、荷造りせず、其の儘にしておいた。

問題なのは、PC周りの機器類の扱いだった。ネット環境は整っていたが、ルーターなどはレンタル品だろうから、有紀に任せた方が良さそうだった。

少し冷えてきたので、エアコンを回し、窓を閉じた。有紀に、部屋の片づけ状況をメールしようと思ったが、夜、話せば良いのだからと、携帯を閉じた。

引っ越し当日の前に、一度くらい、有紀が自分の部屋に戻り、自分でチェックすれば良い程度に、収まった。

時計をみると、まだ2時だった。ベッドに寝ころんで、身体を休めていると、父から電話が入った。

『元気だったか?その後の、体調の方はどうなんだ?』

『そうね、回復途上だけど、徐々に良くなっているみたいよ。そっちは、変りないの?』

『ないね。あまりにも、何もなくて、退屈なくらいだよ』

『そうか、忘れていたけど、父さん、会社辞めたの?』

『あぁ予定通り、株主総会が終わり、無事辞任して、めでたく退職したよ』

『あぁそうだった。ごめんね、自分のことで精一杯で、お祝いもしてないんだよね。近々、盛大にお祝いの会を催すからね。じゃあ、もう、毎日が日曜日になっているわけなの?』

『そう、毎日が日曜日だね。何か、手伝うことでもないかね?』

『ないね。そうそう、会社の話、簡単にしておいたけど、円満解決で、私も無事、めでたく退職したから。そういえば、私も、父さんと同じで、毎日が日曜日だったっけ。でも、“ゆき”を引き取ったので、育児に追われているから、案外、日曜の割には忙しいかも』

『そうか、じゃあ、神楽坂で二人暮らしと云うことか?』

『有紀が、殆ど泊まっているから、三人暮らしね』

『賑やかで、愉しそうだね』

『愉しいまでは行かないけど、ザワザワしている。そう、あのさ、もう直ぐ吉祥寺の家が出来るのよ』

『随分早いね、もう出来るのか?』

『そう、来月の初めに引っ越しになると思うの』

『それじゃあ、手伝いが必要かな?』

『残念ながら、殆ど必要ないと思うよ。そうだ、引っ越しの当日と、次の日くらい、父さんのところに泊めて貰えるかな、三人』

『無論、どこにも行く予定はないから、構わんよ』

『あのさ、いま、思いついたんだけど、母さんに二日間、“ゆき”預かって貰えると思う?』

『さて、どんなもんかな?下手に、寝た子を起こすような事はないとは思うんだが……』

『そういう心配もあるけど、もう私は無職だから、他人に預けているとか、保育園にとか、そう云う状況じゃないから、寝た子が起きても問題ないと思うけど?』

一旦電話を切った父は、母に確認の電話を入れた。

“私の都合を聞く話じゃないでしょう。喜んで、お引き受けするって伝えてよ”と母に言われたと、父は笑いながら、再度電話を寄こした。
つづく

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終着駅475


第475章

三上社長との話し合いはスムーズに進展した。

金子弁護士が三上商事の顧問弁護士であることも幸いした。私の40%の株式の持ち分から、11%分を三上社長に譲渡することになった。11%の譲渡金は金子の事務所の算出により、1億1千万円となった。

これで、三上商事の株式構成は三上社長51%、竹村涼29%、その他20%の持ち分になった。

その代りと云うわけではないが、私と三上商事の間に、5年の顧問契約が結ばれた。月額は、私が会社を辞める時の基本給に近い額で、30万円だった。特に、私には異論はなかった。

それから二か月。

“竹村ゆき”と私と有紀の三人の生活がはじまった。

正確には、竹村ゆきは泣いて、オッパイを飲み、眠る存在なので、まだ、三人と云うには早すぎた。

退職してしまって、どれほど退屈に悩まされるか、相当にプレッシャーだったが、杞憂だった。

体力の回復期と重なった所為もあるのだろうが、それなりに多忙な生活だった。

あと一カ月足らずで、吉祥寺の家も竣工、入居の段取りになっていた。そのお陰で、私は引っ越しの準備にも追われていた。

「ねえ、有紀、あと一カ月切ったよ。アンタ、引っ越しの準備、しなくてもいいの?」

「いや、しなきゃならないんだけど、忙しいし、毎晩、ここに帰ってきちゃうし、時間がないのよ」

「そうね。だったら、全部おまかせとか云う引っ越しにしてしまう積り?」

「それも拙いな。“滝沢ゆき”って分っちゃうもの沢山あるから、それは、ちょっとね」

「だったら、私が、整理に行っても良いよ。丁度、田沢君の家に子供預けて、いける日狙って行ってやるよ」

「身体の方、もう大丈夫?」

「まあ、疲れたら、やらなければ良いわけだしね。あの部屋の契約、今月末でしょう。10日しか残っていないよ」

「そうか、だったら頼もうかな。整理整頓とか、分類とか関係ないから、片っ端から、段ボールに突っ込んでもらえれば、それで良いから」

有紀はキーホルダーから、彼女の部屋の鍵を取り出して渡して寄こした。

「鍵のスペア―あるの?」

「事務所に二本あるから、大丈夫」

そうして、私は引っ越し請負人になった。田沢君のお母さんは、喜んで、“竹村ゆき”を預かってくれた。

夕方、遅くなっても4時までには戻ってくると告げて、有紀のマンションに急いだ。

管理室に顔を出すと、気の良さそうなお爺ちゃんが出てきた。

「あの、滝沢ですけど、Y運輸から……」

「あぁ届いていますよ。直ぐ、お部屋の方に持って行きますから、部屋の方でお待ち下さい」私がすべてを言い終わらない内に、管理人は応対した。

思っていた以上に、有紀の部屋は整理されていた。デスク周りは、流石にシナリオを書いている現場と云う雰囲気で、乱雑になっていたが、資料の類なので、まとめて、一つの段ボールに入れてしまえば済みそうだった。

ものの五分もせずに、チャイムが鳴った。管理人のお爺ちゃんは、女優の部屋を、チョッとで良いから覗きたい素振りが見えたが、段ボールの束を受け取り、私は、軽く礼をして、ドアを閉じた。

私は、途中で買ってきたサンドイッチと飲み物を冷蔵庫に入れ、一緒に買ってきたマジックペンを片手に、さて、どこから手を着けようか、と部屋を見回した。
つづく

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終着駅474


第474章

三上社長は、私の話を聞き終えると、椅子から立ち上がり、窓に向かって歩き出した。

「かなり、ダメージのきつい治療だったんだね……。しかし、何だろうね、君がそこまで思いつめたのには、私が後継者問題を持ちだしたことも関係しているのだろうな……」社長は独り言のように呟いた。

私は、その言葉に応えるべきかどうか、迷っていた。

「いや、そのことが関係していようといまいと、君の体調が思わしくない点は、心配だよ。アイツの話だと、半年もすれば、万全の状態で職場復帰も大丈夫だとか言っていたのに……」

「えぇ、その点は、担当医から、私も聞かされています。
体調だけの問題でしたら、会社に我がままを言って、もう少し時間をいただくことも考えました。
でも、少し甘え過ぎかなと云う感じもします。
特に、私が大株主であることは、全社員が知っていることですから、余計に、甘く見えるのは、会社にとって良いこととは思えませんし、子育てとの両立を確実にこなす自信も怪しいものですか……」

三上社長は、私を留意させようと云う態度を見せなかった。

会社の株を40%持っている株主としての私と、どのように対峙すべきか、三上は迷っているようにも思えた。

「社外取締役に就任して貰う手もあるんだが、それでは、君の主たる目的を邪魔立てしてしまう感じもするんだが、どうだろう、その点は?」

はじめて、社長は私に向かって質問を投げかけた。社長が、“君の主たる目的”と云う表現を使ったことに驚いたが、その言葉には敢えて反応しなかった。

「そうですね。難しい、ご質問です。
私が、社外取締役になって、どんな貢献が出来るのか、幾分判りかねてしまいます。
長い目で見れば、お役に立てることもあるかとは思いますけど、専門職としての知識も不足ですし、経験とか、見識と云う面でも、社外取締に相応しいとは思えないのですけど……」

「うん、あくまでプロパー社員として企業を引っ張る気概を買っていたわけで、大株主だから、どうのこうのと考えたわけでは、僕もなかったしね。社外取締も、良い手ではなさそうだな。
そうなると、君と会社の関係は、どうなるのだろうね?」

三上社長の言葉は、質問のような、独り言のような曖昧さを漂わせていた。

しかし、私は、敢えて答えた。

「単なる株主として、配当金を頂くだけの関係でも構いません。
もし、手放して欲しいと思われるなら、その方向でも構いません。私は、そのように考えたのですけど……」

「それでも構わないと云うことなのかな?」

「えぇ、私の身勝手ですから、社長が良いと思う方向で纏めていただいて構いません」私は、断言した。

本来であれば、金子弁護士と相談すべき事柄だと思っていたが、この勢いで、話を進めておかないと、心が挫けそうだった。

「よし、竹村涼さんのご意見は伺ったよ。数日、僕にも考えさせて貰いたいんだ。
女房はいなくなるし、君もいなくなるとなると、僕も、決意の巻き直しの時間が必要だからね。
君の悪いようにもしないし、僕の悪いようにもならない、そんな手を考えてみよう」

三上社長は踏ん切りがついたように、近づくと、握手を求めた。

これで良いのかしら?と幾分戸惑があったが、私も、手を伸ばし、社長と握手をしていた。

帰り際に、“辞職願は部長に出しておきます”と言うと、社長は“判った”と一言だけ答え、もう自分の世界に入り込んでいた。
つづく

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終着駅473


第473章

私は、水の音で目が覚めた。

有紀がシャワーを使っている音だった。時計をみると、既に12時は回っていた。

「事務作業が溜まっていたので、気がついたらこんな時間になってたよ」有紀は、サラダとトーストで、遅い夕食を取り出した。

「事務の子、入れたんでしょう?」

「入れたけど、あの事件以来、人任せは怖くなっちゃってね。お金は、殆ど私が管理しているの……」

そんな有紀に、私は、社長の奥さんがなくなった件に絡めて、会社を辞める話を持ちだした。

「藪から棒な話だけど、姉さんが口にするってことは、本気なんだよね」

「本気と云えば、そうだけど、特別な理由はないの。ただ、辞めないと、次が始まらない感じになってしまったのかな?」

「ふ~ん、姉さんでも、衝動のようなものに突き動かされる、そう云うことってあるんだね」

「衝動という程、激しいものが突きあげているわけではないの。正直、何となくなんだよね。無論、次にやりたいものがあるわけじゃないし……」

「やっぱり、抗がん剤で人格が変ったのは冗談じゃなかったみたいね」

「そうね、抗がん剤の所為じゃないだろうけど、病気が人格と云うか、生き方に変化を求めているのかも。ただ、やりたいことを見つけてから動きだすのって、昔と同じになっちゃうような気がして……」

「無計画に生きてみたいってこと?」

「そうね、性格的に、アンタほど、当たって砕けろってことは出来ないけど、決められたレールのどれかを選択する。そう云うところから、離れてみたくなって……」

「レールのない汽車ポッポになりたいってこと?」

「そうね、銀河鉄道の夜のジョバンニほど空想的ではないけど、思いもつかなかった自分を見つけてみたい、そういう欲望がある自分を感じたの……」

「そうなんだ。何だろうね、少し厄介な話だな~。私が、それを言っているのなら、何時ものことだから、考えずに済むんだけど……」

「そうなの。そういう生き方に自信もないがから、今までの私は、上手に行き先のある軌道の上を走っていた……。でも、行き先のあるレールの上を走っているのが、本当の私なのか、判らなくなって……」

「自信なんて、誰にもないよ。あるのは、いま、生きているって実感だけだよ」

「でも、有紀は成功したわけだよね。才能かな?」

「才能がなくても、私程度の女優なら、姉さんだってなれるよ。才能なんてものよりも、好きかどうか、それが一番大切なの」

二人は夜が更け、窓に夜明けのほの白さを感じるまで話し続けた。

特別、結論めいたものはなかった。特に、結論を求めるような話ではないので、それで、充分だった。

私は、自分の行動を難しく考えるのはやめた。単純に、身体の回復具合が良くない。子供の育児をするのが精一杯なので、仕事との両立は困難になった。それで、退職する事由は充分だった。

現実に、退職したからと云っても、未体験の育児は待ったなしだった。体調の回復も、どのくら掛かるか判らなのだから、難しく考えなくても、充分リセットする意味はあった。

私の心境は、リセットを実行するのみだった。しかし、社長の奥さんの葬儀が終わり、一段落するまで、待たなければならなかった。

私は、その待つ時間が苦しかった。

終着駅に着いて、次の始発駅を走る筈の列車が、待機を命じられたように、手持無沙汰に時間が経過するのを待ち続けた。

授乳の許可が出たので、搾乳と田沢君の家に顔を出す仕事が出来たのは救いだった。

村井先生の説明では、体力の回復には、4カ月くらいは掛かるので、気長につき合うしかないと言われた。

そして、一カ月が過ぎ、待ちに待った日が来た。

数日中に、“竹村ゆき”を迎えにゆく準備に追われながら、退職願は、部長に出すのが筋だなどと、明日のシミュレーションを頭に描いていた。
つづく

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終着駅472


第472章

あまり深く考えずに、会社に顔を出そうとした行動は、寸前で押し止められた。

顔を出して、出社の段取りなどを、社長か総務部長と話し合った後だったら、私は、ズルズルと社長のペースに乗せられていたに違いなかった。

奥さんの看病に専念したいと云う三上社長の退任理由は消えた。だから、私が後を継ぐ話を断る理由は充分にあった。

しかし、後継者問題を断ることと、私が退職してしまうことは、繋がる話ではなかった。

正直、理由は気づまりになったから、と云うことなのだが、そう云う曖昧な退社事由は不適切だった。留意しようと云う行動に出られてしまう。

会社を辞める理由は、別途用意しなければならない。

私は、そこまで考えて、急にお腹が空いていることに気づいた。

時計をみると、既に10時を過ぎていた。有紀が帰ってきてから、何かを注文しても良いのだが、なにか食べさせろと、胃袋が怒っていた。

冷蔵庫を開けてみると、想像以上に食べ物が詰まっていた。そう、有紀がしこたま買い込んでくれていたのを思い出した。

そろそろ片づけてしまった方が良いものもある筈だったが、手近な梅お粥のパックをボールにあけて、電子レンジで温めた。

美味しいとまでは言えなかったが、怒っている胃袋は、それなりに落ち着きを取り戻していた。

有紀がいつも通り帰宅するかどうか分らなかったが、レタスとキュウリとロースハムのサラダを作りだした。

冷凍庫を覗いてみると、賞味期限の近づいている小エビがあった。ミスマッチかもしれないけど、モッタイナイ精神で、それも戻して、サラダに加えた。

それをラップして冷蔵庫にしまい込んだ。しかし、それだけの作業で、私はかなり疲れてしまった。

4カ月寝たきりの生活を送った後の体力って、こんなにも落ちるものなのだろうか、私は幾分心配になってきた。

たしかに、頬も削げていたし、お尻から下は全体に肉がなくなっていた。まだまだ、働く状態の人間ではないことを自覚した。

そうか、これが会社を辞める理由になる、と気づいた。

体力の回復が、思うに任せない。この体力で、子育てと職場復帰は、到底無理だ。

子育ては、待ったなしの相手がいることだから、放棄することは出来ない。

そういう理由で、退社を申し出ることは、理屈の上で成り立つ。

「これで行こう」

私は、また、自分の考えを口に出して、ソファーに寝ころんだ。

入院中からの癖だろうか、身体を横にして、目を瞑ると、いつの間にか寝ていることが多かった。なんとなく、気怠さは、常時居座っていた。

抗がん剤治療後の患者の回復過程について、村井先生から、記憶にあるような注意事項や、症状を聞くことはなかった。

単なる回復過程の道筋なら良いのだけれど。ふと、不安になったが、いつの間にか、やはり、眠りに就いていた。
つづく

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終着駅471


第471章

私は、洗いものを済ませ、台所のテーブルに、”お先に、失礼します”とメモを残して、三上家を後にした。

部屋に戻り、再びシャワーを浴びた。映子さんからメールが入っていたが、開こうとは思わなかった。

疲労感もあったが、猥雑な情報から逃れていたい心理が作用していた。

映子さんからも、三上社長からも、遠ざかっていたいと云う心理が増幅していた。

このような感覚ははじめてのことなので、私は、その取扱いに戸惑っていた。

私は、何を考えているのか。その衝動的感覚の正体は、何なのだろう?

僅かに、会社を離れたいと云う自覚がある点は、把握できた。つまり、後継者問題の呪縛から逃れた勢いで、その企業からまで逃れようとしている自分がいることに、気づいた。

“逃れる?”

そんな積りはなかった。リセットすると云う、自暴自棄な気持ちもなかった。

しかし、どうしようとしているのか、私は・・・・・・。

「辞めて、どうしようというの?」

私は、声に出して、自分の考えを質した。

質すというのは、正確ではなかった。ただ、これからの私の第一歩が、会社を辞めること、その行動が、私の出発点だという映像だけが見えていた。

・・・・・・参ったな。こうなってしまうなんて・・・・・・。

参ったなと言いながら、私は、それを実行してしまう自分を知っていた。おそらく、九分九厘、私は、会社を辞めることになるのだった。

何も、辞める具体的理由は必要ではなかった。ただ、ひたむきに、辞めるという行動が求められているだけだった。

私の本質は衝動的なのだと気づいていた。

傍目には、理性的に生きているように見えるらしいのだが、どのような選択も、まず、思考のはじめに第六感が閃いていた。

私の思考は、その第六感の瑕疵を調べるという手順を踏むことはあったが、自己防衛の枠内のことだった。

いま思っている、会社を辞める意志も、そうすることで、どのような問題が私の周りで浮上するか、そのことに神経は集中した。

収入が途絶えても、生活は可能だった。いずれ、何かをしたくなったらすればいい境遇だった。

異論が出るとすれば、三上社長からの異論だった。私が、三上商事の大株主であるからといって、その企業の社員である必要はないのだ。

竹村も大株主であったが、三上商事を辞めて、別の企業に職を得ていた。

それと、大きく変わるわけではない。竹村がいなくなっても、私が居なくなっても、三上商事は成り立つ。

三上社長から提案のあった後継者の件も、社長が奥さんの身近にいて看病したいと云うのが主目的だったのだから、奥さんがなくなった以上、その問題は、表面上クリアーされている。

無論、社長が後継者を口にした原因は、奥さんの看病だけではない面もあるだろうが、私が、いきなり、三上社長からバトンタッチされて後継者になるのは、社内の雰囲気上も妥当ではなかった。

妥当ではない人事は、たとえ私に瑕疵のないジャッジメントであっても、瑕疵を追及される。

妥当な人事で経営者になった人間に対する評価と異なるネガティブな評価基準が適用されるのは目に見えていた。

三上社長はごねるだろう。

しかし、表向きの要因は取り除かれたのだから、強く主張は出来ない筈だった。おそらく、社外取締役への就任を求められるだろうが、それまで、固辞する必要はなかった。

「ヨシ、辞めよう」

私は、言葉に出して、自分の決心をたしかめた。
つづく

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終着駅470


第470章

憔悴した三上社長を見るのは忍びなかった。

“このたびはご愁傷さまでした”その言葉さえ、消え入るように虚しいものだった。

三上社長は、目の前にいるのが、私だと気づくと、“うん、うん”と声に出し、強く頷いた。

次々と、弔問の客の気配を背中に感じていたので、私は、強い視線を社長に送り返し、同じように頷き、次の人に、場所を譲った。

三上社長が、ウンウンと強く頷いたことの意味が、どのようなことを意味していたのか、必ずしも明確ではなかった。

単に、シッカリしてください、と云う弔問の言葉に、習慣的に応じただけかもしれない。

しかし、遠くから、次々と訪れる弔問者に対して、三上社長は、憔悴の中にあっても、それ相応の会話を交わしていた。

私の、突然の弔問は、三上社長にとって、驚きであったろうし、語ることが多すぎて、逆に、話すことを放棄した感じだった。

“うん、うん。いずれゆっくりと……”そういう気持ちで、頷いたように思えた。

映子さんが、私の姿を見つけて、静かに近づいてきた。そして、映子さんに、背中を押されるように、台所に入った。

台所は、三上家が喧騒に包まれていると云うのに、静謐と表現したくなるような空間になっていた。

小さなスツールに腰を下ろして、初めて見る、三上家の台所を見回していた。

「来ちゃったの?」映子は、お茶を淹れながら話しかけてきた。

「どうしようか迷ったんだけど、お通夜やお葬式に出られる体力じゃなさそうだから、勢いで、今夜の方がって思ったの。それにしても、急だったよね」

「そうなの。社長は、今週から、午後は自宅を第二社長室にするって、宣言したばかりだったのよ。それなのに、それから三日目だもの、きっと、かなりショックだと思うの……」

「そうなの。漸く、社長の奥さん孝行がはじまったと云うのに、皮肉だよね」

「そうなの。だから、あまり、かける言葉がなくて、私も、惚けた感じなのよ。でも、これまでも、何度か心臓発作は起こしていたから、来るべきものが来た感じなんだけど、社長がトイレから戻ってきたら、容態がおかしくなっていたらしいの……」

「でも、社長が傍にいてくれる、そう思ったから、奥さん、安心しきったのかもね」

「そう、私も、急に、生活環境変えてしまうのは、社長にも奥さんにも、良くないんじゃないのって聞いたんだけどね。そんなことは関係ないって、取り合わないものだから……」

私は、映子さんに、押しとどめられるような形で、台所に居座り、お茶入れに専念したい。

一時間ほどすると、三上家の喧騒は鎮まり、嘘のような静寂が訪れた。潮が引くと云うよりも、津波で、人々や家が流された後のような静寂だった。

そろそろ、退散する時が近づいてきた。せめて、弔問客の湯飲みくらい洗って帰ろうと、客間に顔を出した。

三上社長の姿も、映子さんの姿もなかった。

二人は、どこに行ったのか?不思議な時空間に一人残された思いだったが、洗い物があるのは幸いだった。
つづく

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終着駅469


第469章

今朝、シャワーを浴びたのだから、そう思いながら、シャワーを浴びている自分がおかしかったが、構わず髪まで洗っていた。

三上社長の奥さんとは、一度しか会ったことがないので、亡くなったことで、感情が動かされることはなかった。

映子さんは、様々な思いが去来しているだろうが、私の感情に訴えてくるものはなかった。

・・・・・・いや、待てよ。私への影響は、かなりあるかもしれない。
社長が、私を後継者にと言いだしたのは、奥さんの看病に専念したいという気持ちだったはずだ。
ということは、今この時を持って、私の後継者問題はなかったことになる。
社長は当面、後継者を決める問題から解放される。つまり、私も、経営を担う圧力から解放されるって・・・・・・

私は、目の前が開けた。

背中に羽が生えて、今にも飛び立てそうな錯覚に陥った。

この感覚は、嘗て味わったことのないものだった。

大学に合格した時、処女を失った日、妊娠した時、竹村を失った時、竹村ゆきを産んだ時、白血病から解放された日。

その、どの日にも感じなかった、解放感があった。

酷く不謹慎な心持ちだったが、隠しようもない事実だった。

理屈の上では、三上社長の後継者になることに、特別忌避する考えはなかった。しかし、現実には、後継者問題は、嘗て経験したことのない緊張を私に与えていたようだ。

自分自身、それほど重大視していなかった筈の後継問題からの解放が、これほどの力を持っていたことに、愕然とした。

無意識の中での圧力だったのか。休職、闘病している間に、人格が変わったのだろうか?

そういえば、有紀が、抗がん剤って、人格まで変えちゃうの?、と話していたのを思い出した。

それは、あり得ないが、生きるか死ぬかという、病に冒されたことで、自分ですら自覚していない資質が目覚めることがないと、は言えなかった。

しかし、そこまでの道筋を理解できたとして、どのような資質が目覚めたのかが、判らなかった。

“され、これは厄介だぞ”

私は、言葉を口にした。

私の内部で、地殻変動がおきている。

それは、認めよう。

しかし、その地殻変動はどのようなもので、どのような欲求や欲望を持っているのか、皆目見当もつかなかった。

そもそも、生まれつき持っていた、私の内部の何かがはじけたのだ。

その何かは、必ず、私の生き方を変えてしまうに違いなかった。

高坂尚子への恐怖は、物理的バリアで対抗できたが、この異質な内部攻撃は、排除するのは不可能だった。

この、内部から湧き上がってくる何かは、私の運命を決定づけるのではないのか?私には、強い予感があった。

しかし、その正体が自分でも判らないと云うのは、酷く不安でもあった。

いずれは、その正体に気づくとしても、自分の内部に、コントロールの出来ない精神的生き物が生息していると云う強迫観念は、怖ろしくもあり、愉しみでもあった。
つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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