第478章
途中から母に電話を入れた。夕食を準備している最中だから、帰ってきたら、お風呂に入って、お父さんと晩酌でもしなさいと、嫌に、ご機嫌な声が帰ってきた。
……機嫌が好すぎるのもね……。私は電話を切った。
「ご機嫌なのが怪しいって、変だけど、本当にそうだからね、困っちゃうよね」有紀は、電話の内容を察した口調で同調した。
「多少、棘がある方が、元気なんだって思えるのも変だけど、そうだったからね。まさか、ボケたわけじゃないだろうけど」
「まさか、だって未だ、62、3歳でしょう?」
「たしか、もう直ぐ63になる筈よ。でも、病的な場合は、60も50も関係ないのかもね?」
「なんか、そう云うこと想像するだけで怖いよね」有紀は、母の話を切り上げたいと意思表示するように、窓の方に目を向けていた。
車の振動に同調しながら、無言の二人は浅い眠りに就いていた。車が止まると同時に、二人は姿勢を糺し、支払いを終わらせた。
「しかし、私たちって、急に空間金持ちになっちゃったよね」有紀は、エレベーターに乗り込み、7階のボタンを押しながら話した。
「そうだね、こう云う事って重なるものだけど、身体も時間も決められた分しかないから、居住空間だけ増えても、取扱いに困るんだけどね」私は、どうやって、吉祥寺の家を、落ち着いたものに出来るのか考えていた。
「なるほど、そりゃあそうだな。狭い空間を有効利用することばかり考えていたわけだから、突如真逆の環境に舞い降りたら、面食らうのはたしかだろうね」父も、我々の広すぎる吉祥寺の家の話に乗ってきた。
「幾つ部屋があるの?」母が、食事を用意しながら、大きな声で訊ねてきた。
「一階が、ダイニングキッチンにリビングルームに、客間が二つ。それとトイレタリー。二階が姉さんの部屋、私の部屋、それから子供部屋が二つだったかしら」有紀が、思い出すように答えた。
「子供部屋が二つって、どう云う意味よ」母の頭脳は正常だった。
「あぁ、たしかにどうしてだろうね。私が勝手に、そう思っただけで、予備の部屋が二つってことかな?」有紀が言い繕った。
「吃驚させないでよ。アンタが妊娠したかと思うじゃないのよ」
「そんな暇ないわよ。そう云うこともしたいのに、貧乏、暇なし、世間も煩いしね」
「しかし、考えてみると、有紀の方こそ、子供の一人くらい、ポコッと産んで、ハイ、母さんにあげるわ、なんて言いそうだったのに、浮いた噂が出たことがないね」父が偶然にも、核心をついてきた。
「あら、父さんは、私の子供でも、孫なら可愛いの?」有紀も、負けずにやり返した。
「そりゃあ、孫だって言われて置いて行かれたら、ミルクとオシメの面倒は見るさ。毎日が日曜日なんだからな」
「私は、嫌ですよ。この歳になって、孫の面倒なんてのは、真っ平御免ですからね」
母の言葉に、三人は三様の反応を頭に浮かべ、どのように対応すべきかと迷っていた。
「今日も、ゆきちゃんを預かっていて、心臓が何度止まるか分らないくらい心配だったわよ。気分では、孫の面倒みたいなんて思っていた自分が、愚か者だと思い知ったわよ。涼の選択には、不満だった自分が、間違いだったって気づいたもの」
益々、三人は取るべき態度が見つからずに目を泳がせた。
「母さん、用意手伝おうか?」私は堪らず、母に大声で声をかけた。
「良いよ、私が手伝うから、姉さん、ゆき見てきなよ」
三人は、一時分散することで、難を逃れた。
つづく
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