第471章私は、洗いものを済ませ、台所のテーブルに、”お先に、失礼します”とメモを残して、三上家を後にした。
部屋に戻り、再びシャワーを浴びた。映子さんからメールが入っていたが、開こうとは思わなかった。
疲労感もあったが、猥雑な情報から逃れていたい心理が作用していた。
映子さんからも、三上社長からも、遠ざかっていたいと云う心理が増幅していた。
このような感覚ははじめてのことなので、私は、その取扱いに戸惑っていた。
私は、何を考えているのか。その衝動的感覚の正体は、何なのだろう?
僅かに、会社を離れたいと云う自覚がある点は、把握できた。つまり、後継者問題の呪縛から逃れた勢いで、その企業からまで逃れようとしている自分がいることに、気づいた。
“逃れる?”
そんな積りはなかった。リセットすると云う、自暴自棄な気持ちもなかった。
しかし、どうしようとしているのか、私は・・・・・・。
「辞めて、どうしようというの?」
私は、声に出して、自分の考えを質した。
質すというのは、正確ではなかった。ただ、これからの私の第一歩が、会社を辞めること、その行動が、私の出発点だという映像だけが見えていた。
・・・・・・参ったな。こうなってしまうなんて・・・・・・。
参ったなと言いながら、私は、それを実行してしまう自分を知っていた。おそらく、九分九厘、私は、会社を辞めることになるのだった。
何も、辞める具体的理由は必要ではなかった。ただ、ひたむきに、辞めるという行動が求められているだけだった。
私の本質は衝動的なのだと気づいていた。
傍目には、理性的に生きているように見えるらしいのだが、どのような選択も、まず、思考のはじめに第六感が閃いていた。
私の思考は、その第六感の瑕疵を調べるという手順を踏むことはあったが、自己防衛の枠内のことだった。
いま思っている、会社を辞める意志も、そうすることで、どのような問題が私の周りで浮上するか、そのことに神経は集中した。
収入が途絶えても、生活は可能だった。いずれ、何かをしたくなったらすればいい境遇だった。
異論が出るとすれば、三上社長からの異論だった。私が、三上商事の大株主であるからといって、その企業の社員である必要はないのだ。
竹村も大株主であったが、三上商事を辞めて、別の企業に職を得ていた。
それと、大きく変わるわけではない。竹村がいなくなっても、私が居なくなっても、三上商事は成り立つ。
三上社長から提案のあった後継者の件も、社長が奥さんの身近にいて看病したいと云うのが主目的だったのだから、奥さんがなくなった以上、その問題は、表面上クリアーされている。
無論、社長が後継者を口にした原因は、奥さんの看病だけではない面もあるだろうが、私が、いきなり、三上社長からバトンタッチされて後継者になるのは、社内の雰囲気上も妥当ではなかった。
妥当ではない人事は、たとえ私に瑕疵のないジャッジメントであっても、瑕疵を追及される。
妥当な人事で経営者になった人間に対する評価と異なるネガティブな評価基準が適用されるのは目に見えていた。
三上社長はごねるだろう。
しかし、表向きの要因は取り除かれたのだから、強く主張は出来ない筈だった。おそらく、社外取締役への就任を求められるだろうが、それまで、固辞する必要はなかった。
「ヨシ、辞めよう」
私は、言葉に出して、自分の決心をたしかめた。
つづく
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