第474章三上社長は、私の話を聞き終えると、椅子から立ち上がり、窓に向かって歩き出した。
「かなり、ダメージのきつい治療だったんだね……。しかし、何だろうね、君がそこまで思いつめたのには、私が後継者問題を持ちだしたことも関係しているのだろうな……」社長は独り言のように呟いた。
私は、その言葉に応えるべきかどうか、迷っていた。
「いや、そのことが関係していようといまいと、君の体調が思わしくない点は、心配だよ。アイツの話だと、半年もすれば、万全の状態で職場復帰も大丈夫だとか言っていたのに……」
「えぇ、その点は、担当医から、私も聞かされています。
体調だけの問題でしたら、会社に我がままを言って、もう少し時間をいただくことも考えました。
でも、少し甘え過ぎかなと云う感じもします。
特に、私が大株主であることは、全社員が知っていることですから、余計に、甘く見えるのは、会社にとって良いこととは思えませんし、子育てとの両立を確実にこなす自信も怪しいものですか……」
三上社長は、私を留意させようと云う態度を見せなかった。
会社の株を40%持っている株主としての私と、どのように対峙すべきか、三上は迷っているようにも思えた。
「社外取締役に就任して貰う手もあるんだが、それでは、君の主たる目的を邪魔立てしてしまう感じもするんだが、どうだろう、その点は?」
はじめて、社長は私に向かって質問を投げかけた。社長が、“君の主たる目的”と云う表現を使ったことに驚いたが、その言葉には敢えて反応しなかった。
「そうですね。難しい、ご質問です。
私が、社外取締役になって、どんな貢献が出来るのか、幾分判りかねてしまいます。
長い目で見れば、お役に立てることもあるかとは思いますけど、専門職としての知識も不足ですし、経験とか、見識と云う面でも、社外取締に相応しいとは思えないのですけど……」
「うん、あくまでプロパー社員として企業を引っ張る気概を買っていたわけで、大株主だから、どうのこうのと考えたわけでは、僕もなかったしね。社外取締も、良い手ではなさそうだな。
そうなると、君と会社の関係は、どうなるのだろうね?」
三上社長の言葉は、質問のような、独り言のような曖昧さを漂わせていた。
しかし、私は、敢えて答えた。
「単なる株主として、配当金を頂くだけの関係でも構いません。
もし、手放して欲しいと思われるなら、その方向でも構いません。私は、そのように考えたのですけど……」
「それでも構わないと云うことなのかな?」
「えぇ、私の身勝手ですから、社長が良いと思う方向で纏めていただいて構いません」私は、断言した。
本来であれば、金子弁護士と相談すべき事柄だと思っていたが、この勢いで、話を進めておかないと、心が挫けそうだった。
「よし、竹村涼さんのご意見は伺ったよ。数日、僕にも考えさせて貰いたいんだ。
女房はいなくなるし、君もいなくなるとなると、僕も、決意の巻き直しの時間が必要だからね。
君の悪いようにもしないし、僕の悪いようにもならない、そんな手を考えてみよう」
三上社長は踏ん切りがついたように、近づくと、握手を求めた。
これで良いのかしら?と幾分戸惑があったが、私も、手を伸ばし、社長と握手をしていた。
帰り際に、“辞職願は部長に出しておきます”と言うと、社長は“判った”と一言だけ答え、もう自分の世界に入り込んでいた。
つづく
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