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終着駅473


第473章

私は、水の音で目が覚めた。

有紀がシャワーを使っている音だった。時計をみると、既に12時は回っていた。

「事務作業が溜まっていたので、気がついたらこんな時間になってたよ」有紀は、サラダとトーストで、遅い夕食を取り出した。

「事務の子、入れたんでしょう?」

「入れたけど、あの事件以来、人任せは怖くなっちゃってね。お金は、殆ど私が管理しているの……」

そんな有紀に、私は、社長の奥さんがなくなった件に絡めて、会社を辞める話を持ちだした。

「藪から棒な話だけど、姉さんが口にするってことは、本気なんだよね」

「本気と云えば、そうだけど、特別な理由はないの。ただ、辞めないと、次が始まらない感じになってしまったのかな?」

「ふ~ん、姉さんでも、衝動のようなものに突き動かされる、そう云うことってあるんだね」

「衝動という程、激しいものが突きあげているわけではないの。正直、何となくなんだよね。無論、次にやりたいものがあるわけじゃないし……」

「やっぱり、抗がん剤で人格が変ったのは冗談じゃなかったみたいね」

「そうね、抗がん剤の所為じゃないだろうけど、病気が人格と云うか、生き方に変化を求めているのかも。ただ、やりたいことを見つけてから動きだすのって、昔と同じになっちゃうような気がして……」

「無計画に生きてみたいってこと?」

「そうね、性格的に、アンタほど、当たって砕けろってことは出来ないけど、決められたレールのどれかを選択する。そう云うところから、離れてみたくなって……」

「レールのない汽車ポッポになりたいってこと?」

「そうね、銀河鉄道の夜のジョバンニほど空想的ではないけど、思いもつかなかった自分を見つけてみたい、そういう欲望がある自分を感じたの……」

「そうなんだ。何だろうね、少し厄介な話だな~。私が、それを言っているのなら、何時ものことだから、考えずに済むんだけど……」

「そうなの。そういう生き方に自信もないがから、今までの私は、上手に行き先のある軌道の上を走っていた……。でも、行き先のあるレールの上を走っているのが、本当の私なのか、判らなくなって……」

「自信なんて、誰にもないよ。あるのは、いま、生きているって実感だけだよ」

「でも、有紀は成功したわけだよね。才能かな?」

「才能がなくても、私程度の女優なら、姉さんだってなれるよ。才能なんてものよりも、好きかどうか、それが一番大切なの」

二人は夜が更け、窓に夜明けのほの白さを感じるまで話し続けた。

特別、結論めいたものはなかった。特に、結論を求めるような話ではないので、それで、充分だった。

私は、自分の行動を難しく考えるのはやめた。単純に、身体の回復具合が良くない。子供の育児をするのが精一杯なので、仕事との両立は困難になった。それで、退職する事由は充分だった。

現実に、退職したからと云っても、未体験の育児は待ったなしだった。体調の回復も、どのくら掛かるか判らなのだから、難しく考えなくても、充分リセットする意味はあった。

私の心境は、リセットを実行するのみだった。しかし、社長の奥さんの葬儀が終わり、一段落するまで、待たなければならなかった。

私は、その待つ時間が苦しかった。

終着駅に着いて、次の始発駅を走る筈の列車が、待機を命じられたように、手持無沙汰に時間が経過するのを待ち続けた。

授乳の許可が出たので、搾乳と田沢君の家に顔を出す仕事が出来たのは救いだった。

村井先生の説明では、体力の回復には、4カ月くらいは掛かるので、気長につき合うしかないと言われた。

そして、一カ月が過ぎ、待ちに待った日が来た。

数日中に、“竹村ゆき”を迎えにゆく準備に追われながら、退職願は、部長に出すのが筋だなどと、明日のシミュレーションを頭に描いていた。
つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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