第481章劇団員の美也は、3時僅かに過ぎて到着した。駐車場が空いていたら入れさせてほしいとインタフォーン越しに、甘い声が流れてきた。
コケティッシュな雰囲気を持つ娘だった。
私は、美也が持ってきたアンティーク家具の写真を見ていた。色んな角度から写した家具には、アンティークだけが醸し出す深みがあった。
「きっと、実物を見ると、もっと感動するのでしょうね」私は、1920年代の英国製サイドボードが気に入った。
「多分、無垢のオーク材と楢材で出来ていると思います。これ、珍しく使用した人々の名前が底の方に書き込まれているんですよ。チョッと、ロマン感じますよね」
「へえ、じゃあ、届いたら置く前に、私と姉さんの名前を書いておかないとね」
「えぇ、座長の名前が入っていたら、値が跳ね上がるかもしれませんから」
「調子の良いこと言わないの。今度の劇では、端役しか回せないからね。諦めなさい」流石に、座長なのだ。有紀は、上から目線で威厳をもって話していた。
「どうして、私って、こういう雰囲気なんだろう。この雰囲気がどんなことしても取れないんです。座長、これって演技で変えられますか?」
「さあどうだろう。50歳くらいの美也を見てみたいとは思うけど、30代、40代の美也は、現状では見なくても良いかな、ふふふ」有紀が、美也を甚振っていた。
「やっぱり、駄目なんですね」美也は本気で、座長有紀の言葉を受けとめた。
「現状では、そうだと云うことよ。なにか、小娘の色気以外の何かを持たないと、厳しいってこと。まだ、団員になって2年でしょう。焦らないことよ。人生を重ねることで、違う貴女が見えてきた時は、じゃんじゃん使ってあげるよ」
有紀は、充分に貶したうえで、希望の光も提供していた。
「お話中ですけど、これ譲って頂きたいのですけど、現物はどこにあるのかしら?」
「我が家の倉庫にあります。いつでも見られますけど……」
「今から見に行くこと出来るかしら?」
「えぇ、大丈夫だと思います。父に電話して、予約の札つけさせておきますので……」
美也は、携帯で、商談中の札をつけるように、乱暴な口調で話した。きっと、家では扱いにくい娘として振る舞っているのかもしれなかった。
有紀にも、そういう傾向はあった。
演技に興味を持つ人たちの資質なのだろうか、私はそんな感想を持った。
「あの、よければ、私の車に乗って頂いても良いのですけど……」
とんとん拍子に、アンティークのサイドボードが我が家に到着した。
予定通り、裏の板に1999年7月記載の“Rachel Weisz”の下に、続けて2009.10“Ryou Takemura” “Yuki Takizawa”と書き込み、リビングルームの壁に収まった。
「不思議なご縁ですね。レイチェル・ワイズって女性も女優なんですよ。同姓同名ってこともありますけど……」美也のお父さんと従業員の男性は、リビングの床に座り込んで、有紀が振る舞った珈琲を飲んでいた。
「あら、だったら後で調べてみても面白そうね」
「それにしても、立派なリビングですね。このサイドボードに負けないだけの格のあるリビングは滅多にありませんよ。
これから、愉しめます、どう云う家具を入れるかだけでも。いや、決して押し売りする積りはありません。
正直、あまりアンティークだけに拘ると、妙に陰気くさい部屋になるんものですから……。好みの問題ですし、我々アンティーク業者には有難いお客さまなのですが、個人的には、そう思っているんです」
「そうかもしれませんね。色々と揃えていくうちに、何か、欲しくなったら、また美也さんの方にお話させていただきますわ」有紀は、おしゃべり好きの美也の父親に話を合わせていたが、きりをつける言い回しで応じた。
サイドボードの値段が45万円が、高いのか安いのか判断がつかなかったが、アンティークへの価値が含まれているものと理解した。
「悪くはないね」有紀が、座布団を持って来て、サイドボードの前に陣取って眺めながら呟いた。
「感触がすごくいい感じ」私は、サイドボードの縁の曲線を指でなぞっていた。
つづく
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