第34章 「わかった、本人にたしかめるのはやめておくわ。でも、もう少し早く教えてくれれば良いのに、今頃言われたって、でしょう」
「すみません。でもね、こんな話でもしておかないと、姉さん、全然わたしの願望に協力する気がないんだもの」
「協力ってさ、そういうの、簡単に協力とか、そういうレベルで考えちゃうのがヘンなのよ」
「そう、だからこんな女になったの。親や親せきからは、出来損ないみたいに言われてさ。そもそもよ、姉さんと圭が、優等生なのがいけないのよ。全員が劣等なら、なにも私だけ劣等にならずに済んだのに……」
有紀はかなり酔ってきていた。そろそろ切り上げないと、手のつけられない酔っ払いになる可能性があった。
「有紀、話は聞くから、もうお酒やめよう。それに、私は一度も、アンタのこと劣等だなんて思ったことないよ。母さんたちだって、そんな感覚はなかったよ。ただ、チョッと育てにくい子だとは思っただろうけどさ。それに、現に、有紀は自分で稼いでもいるし、好きな演劇を追いかけているし、その上、幾分、目だって出かけているじゃないの」
「ホントにそう思ってる?」
「思ってるよ。有紀相手にお世辞言っても一円にもならないでしょう。ほら、アンタはグラスを置きなさいって。まだ飲むんなら、私帰るよ」
私は自分が、どのような口調で、有紀に話したのか、あまり記憶はハッキリしなかったけど、有紀は、グラスを置くと、シクシクと泣き出した。
私は、自分の意志を伝えられずに、よく泣いていた子供の頃の有紀を思い出していた。そんな有紀が、自己表現が最も求められる世界に飛び込んだのは、どうしてなのだろうと思ったが、あまりにも重い質問なので、思わず唾と一緒に飲み込んだ。
「わかった。姉さん、もう少し一緒にいて、私の話聞いてよ」
「いいよ、酔っ払いじゃなければ、徹夜で話したって良いんだからね」
「ありがとう」有紀がいやに素直だった。
おそらく、人身御供問題が大きな圧力になって、彼女を押し潰そうとしているに違いないと思った。しかし、劇団の大きなチャンスを見捨てても良いのではないか、と話す気にもなれなかった。
「で、有紀の政略結婚の話だけどさ、有紀が“ここが勝負”と思ったのなら、人身御供も悪くないんじゃないの。何度も、間違いましたって結婚する人達多いんだから、夢の実現に、それが役立つなら、一つの選択。私は、大賛成ではないけど、支持するよ」
「なんだかな~、優しい言葉のようで、冷たい言葉のような…」
「そうだよ。有紀自身が、あったかい心で、冷たい選択するんだから、私の考えも、そうなるんだよ」
「そうね、そうなんだと思う。劇団のチャンスは、滅多に訪れない。でも、男と女の関係なら、今までも、これからも、何度でもチャンスありそうだし…」
「多分そうだと思う。確信はないけど、かたちが結婚であっても、単なる男女であってもね、人生に何度かは、そういう機会は訪れる筈よ。でも、或る集団とか、組織に訪れるチャンスは何度もない。いいえ、一度も訪れないことの方が多いかもしれない」
「嬉しい、姉さんが私と同じ考えになってくれるなんて」有紀が私の手を握り、自分の頬にあてがった。なにか奇妙な感覚が私を襲ったが、私も、有紀の手を強く握り、握手のような双務な関係を成り立たせた。
「私ね、正直迷っていたの。劇団の為に、そこまでする必要あるのかって。でも、姉さんが整理してくれた。何度もその辺を、行ったり来たりしていたの」有紀は肩の荷を下ろしたような顔つきで、空のワイングラスを干した。
「美味しいコーヒー飲み行こうか?」私は、席を替えた方がいいだろうと思った。
つづく
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