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終着駅48 有紀との約束の日が刻々近づいて


 第48章

 有紀との約束の日が刻々近づいていた。

 差出人不明の手紙は、その後、送られてくることはなかった。当初は、いつ次の手紙が届き、何を言い出すのか気がかりで仕方なかったが、根拠はなかったが、二度と、あのような手紙が来ることはないと思うようになっていた。

 有紀との話を出して以来、なぜか、私と圭の関係に微妙な変化が現れた。

 それまでは、絶対的に私が、二人の関係で上位に位置していたのに、その距離が縮まったように感じていた。特別、圭が威張り出したとか、そういう事ではなく、私の心の中で起きた変化なのだろう。

 差出人不明の手紙で一時被疑者に上がっていた映子と、部の慰労会の後、二人で二次会に行った。

 私は、その当時不倫相手の副社長だった竹村によく連れていって貰ったバーに映子を誘った。

 会員制“Bar MURAKI”は銀座電通通りの、ひっそりとしたビルの地下にあった。看板にはうっすらと明かりが灯っているだけで、一見の酔客が訪れることを、暗黙に拒絶していた。

 当時の竹村の名前が通用するかどうか判らなかったが、“竹村さんと何度か”と私は映子に聞こえることを承知で入店の承諾を得ようとした。

 竹村と同年配のバーテンダーが、運よく私を記憶して、カウンターから手招いてくれた。そして、気を利かせたのかどうかわからないが、いつも座っていたカウンター席にグラスを置いた。

 私は当時よく座っていた席に着き、映子は竹村が座っていた席に着いた。

 当時と何ひとつ変わっていなかった。私自身は、ぐるぐると変わっていったのに、“Bar MURAKI”の空間は変わらずに私を迎え入れてくれた。変わっているのは、竹村が座っている席に、映子が落ち着きなく座っていた。

 「ごめんね。落ち着かないか、この店?」私は小さく映子の耳元で囁いた。

 「大丈夫、もう少ししたら落ち着くから」映子が笑みを返してよこした。

 「自分の思い出の場所に、映子さん連れ出すなんて、私も変よね」

 「そうでもないわ。私だって、一つくらいは、そういう店あるし、誰かに知っていて欲しいって気持ちってあると思うの…」

 「映子さんにもあるんだ。今度は、映子さんのそのお店、私でよかったら連れていって」私は、会話を合わせるとか考えずに、本当にそう思った。

 「そうね、行ってみようかな。一人で行く勇気がないから行けなかったのかもね。主任となら行けるかも?」

 「主任はやめてよ。アフターファイブは年下なんだから“涼ちゃん”って呼んでよ。昔、社長秘書だったころのようにパワフルに…」

 「そんな時代もあったのよね。最近は、生活に疲れて、そういう感覚が消えてしまって」

 「そうかしら、私は、そうは思っていないよ。映子さんは、口にこそ出さないけど、我々の部の問題点を完全に知っているわ。そして、私なら、こうするのにみたいな意見まで言える筈よ。でも、言わないだけの話よね」私は、多少断定的に言った。

 「買い被りだって。もう頭が冴えていないもの。あの当時は、琴線が張りつめたパニックな状態にいたから……」

 「パニックになるほど社長室はハードだったの?」

 「あの当時、わが社の風紀は、乱れに乱れていたのよ。そこいら中に、“穴友”、“ペニ友”が溢れていたの」

 「本当に?」

 「そう、いま考えたら、よく会社が潰れないと思うくらいね。でも、事業は時流に乗った所為もあるのだろうけど、破竹の進撃よね」

 「たしかに、こんなに活気があって、前に進むような企業が、日本にもあるんだと思ったわ」

 「まあ会社の母体を創ったのは社長だったけど、文具卸業からIT企業に変身させたのは、竹村副社長だったからね。当時の秘書室の女達は、みんな、竹村さんを狙っていたのよ。」

 私は、言葉に窮して、映子の話が続くのを待った。

 「そして、その竹村さんの愛人になっちゃったのが、涼ちゃん、貴女よ」

 「そうだったの、私、当時なにも知らなかった。そんな女の戦場みたいなものがあるの」

 「そうよね。入社3年か4年でしょう。それに、貴女は総合職で入社した数少ない女子社員だもの、巷の女子社員とは別格の仕事に携わっていたから、乱れた部分は見えなくて当然だったのよ」

 「そうか~……」私は、映子から聞かされた話を別世界の話のように聞いていた。

 「私酔ったから、バラしちゃうけど、私の狙いは竹村副社長だったのよ。何度か、他の子も一緒だったけど、飲みに連れていって貰ったのね。社長や室長は、好ましくない行動だと思っていたらしいけど、あからさまに問題にはならなかったのよ。でも、結局、秘書室の女子に竹村さんは手出ししなかった。……」

 「どうしてかしら?映子さん含めて、魅力的な人達揃っていたと思うけど」

 「多分だけど、社長に弱味を握られるのが厭だったのかもね。正直、一匹狼的だから、竹村さんは魅力的だった。孤高の切れる人、そのイメージは大切にしていたのだと思うわね。でも、なぜか、貴女を選んだ。その理由で、私たちは盛り上がったけど、下世話な噂話の領域から抜け出ない、たわいもない話だけだったわ……」

 「そうなんですか。全然知りませんでした」

 「貴女が知るわけはないのよ。当時の涼ちゃん、仕事に夢中だったもの。女達の目から、貴女がどう見えたかは別にして、竹村さんは、違うオーラを出して生きている貴女に、多分魅了されたのだと思うの」

 「そこまで、私、夢中で仕事してましたか?」

 「私たちの世界からしてみれば、猛烈女子社員に映ったわ」

 「自分では気づかないものなのね」

 「そうですよ、夢中なんだから、周りの視線なんて関係ない。それでね、尻軽な女たちは、次の餌食捜しに夢中になっていたわ」

 「映子さんは?」

 「私……」映子は酔い覚ましの炭酸を飲みながら、ひと間置いた。

 「私はちょっと、彼女たちと方向が違ったの。既にバツイチのお局だったしね。貴方が、副社長なら、私は社長だって思ったのよ……」

 「えっ!」私は次の言葉が出てこなかった。初老のバーテンダーは、話の内容を聞いているのかいないのか、空のクリスタルグラスを磨き込んでいた。

 「そう、既に社長は当時でも78歳の後期高齢者よ。でも、私は当たって砕ける根性があった。正直、金銭的にもきつかったのよ。それに年齢も年齢だから、女の武器がいつまでも神通力があるとは思えなかったしね……」

 映子との話は、そこで終わったわけではなかった。社内の、どろどろの男女関係や人間関係を聞かされる羽目になった。しかし、竹村が私を愛人に選択したことに、強い拘りを持っている様子はなかった。そして、二度ほど、私を尾行した事実を白状した。

 それは、映子の趣味のようなもので、私だけではなく、何となく、興味のある人物の見えていない部分を見たくなる性癖だと、笑いながら暴露した。

 そのこと自体は、気持ちの良いものではなかったが、差出人不明の手紙の主としては、あまりにも多くの、自分の秘密を語り過ぎていた。犯人とおぼしき被疑者の一人がまた消えた。
 つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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