第498章櫻井先生と金子弁護士との間で、凍結保存精液の移送は、無事完了した。
人工授精を行う施設は、櫻井先生の後輩に当たる内科クリニックが引き受けてくれた。
その後輩の医師は、数年前まで、櫻井の下で産科医をしていたので、技術的に問題はないとのことだった。
後は、本人の排卵日を待つだけになった。
「結局、今の段取りで行くと、私が勝手に、どこかの誰かの子供を身籠った。そういう形になるわけだよね?」有紀は緊張した顔で、尋ねてきた。
「そう、いわゆる、未婚の母ね。
シナリオライター兼女優の“滝沢ゆき”が未婚の母になるって形になるわ。
櫻井先生が秘密をバラさない限り」
「でも、櫻井先生が、その秘密を暴露するって、常識的にはあり得ないよね?」
「そう思うよ。
有紀にとってのゴシップは、未婚なのに妊娠した事実だけで、話題性があるだけで、義兄の凍結精子を使ったとなれば、尚更、話題性が強くなるだけで、特に、困るってわけでもないでしょう?」
「話題性は、私が、未婚の母になることで、誰の子か、推測記事が出ることが面白いわけで、ネタバレは、メディアにとって不都合なんじゃないかな。
だから、誰も、想像はしても、真実に迫るために取材するとは思えないから」
「その内科医の先生も、どこの誰の精子なのか知らされていないし、100万円の手数料を受け取っただけの、やっつけ仕事だからね、隠しておきたいだろうしね」
「秘密は守られるか……。神秘のベールに包まれた“滝沢ゆき”の子供か……、多少は話題になるかもね?」
「そうね、想像される男の人達には迷惑と云うか、名誉かもしれないけれどね」
「既婚者は、必死に否定するだろうし、独身者は、含みを持ってニヤニヤするだけだろうから、謎が謎を生む。
でも、話題を振り撒くのが目的じゃないから、まあ、どっちでも良いけどね……」
「でもさ。私は、有紀が竹村の凍結精子を使うことに、何となく承諾したわけだけど、竹村の精子であることに、深いわけ、そう云うものあるの?」私は、どっちでも良いような響きで、改めて、有紀の気持ちを聞きだしておこうとした。
「この前、話した程度の根拠だから、あらためて聞かれても・・・・・・」
「この間のアンタの話をまとめると、有紀は、自分の子供が欲しくなった。
しかし、男とセックスする気にはなれない。
しかし、妊娠するには何らかの方法で授精が起きなければならない。
つまり、しかるべき精子が必要になる。
そこで、凍結保存されている竹村の精子を思い出した。
思いつきの、きっかけは、そう云うことよね?」
「思いつきって言われると抵抗あるけど、まあ、言われてみると、そう云う流れには違いないよ」
有紀は、幾分、思いつきという表現に引っかかったようだが、話がご破算になることを怖れたのか、不承不承追認した。
「でも、だからと云って、浮ついた気持ちじゃないよ」有紀が付け足した。
「それは、判っているよ。そして、その思いつきの妥当性を考えたわけよね?」
「まあ、そう云う流れかな。
竹村さんのものなら、赤の他人が、私たちの間に、割り込む心配もない。
その上、残念だけど、その男性は、既に亡くなっているので、新たな人間関係で煩わされる心配もない。
増してよ、生まれてくる子が、腹違いだけど、姉妹なわけだから、分け隔てなく育てられる。
おそらく、私が育てる時間が長くなるわけでしょう?」
「そうかもね。子育てして貰えるのは助かるけど、アンタに育てられるって、良いんだか悪いんだかね」
「まあね、教育について、自慢する気はないからね・・・・・・」
「そうでもないよ。少なくとも、母さんに育てられるよりはマシだよ」
私は、母よりも、有紀の養育の方がマシだということで、複雑怪奇な、有紀の根拠追及にけりをつけた。
つづく
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