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終着駅492


第492章

それから、一年が経過した。吉祥寺の竹村家では、誰一人として、現状を不思議と受けとめる人もいないような生活が繰り返された。

普通の家庭とは、相当に違っていたが、それに異を唱える人もいない、平穏な日々があった。

演出家である、有紀の要求は、日増しに強まったが、有紀のシナリオで作りだされる女は、私にも理解出来る資質を持った女だったので、その舞台上の女になり切ることは苦痛ではなかった。むしろ、快感に近いものがあった。

劇団も、有紀がシナリオと演出に専念することで、凄味を見せるようになってきた。舞台上、ギリギリのきわどい演出の要求にも、私は俳優として応えた。

劇団の規模も、父の事務局長の裁量で、拡大路線を突っ走っていた。“ゆき”も順調に育ち、満一歳を過ぎていた。簡単な単語は口にするし、良いこと、悪いことの理解もはじまり、一歩、人間に近づいた。

意外だったことは、有紀が私以上に、子供好きだったことだ。私の方が、子どもは子供、私は私という感覚があったが、有紀には、その区切りが曖昧だった。

「あの子が、子供好きとは、想像もつかなかったわよ」母が、大発見でもしたように、私に告げてきた。

たしかに、意外な側面の発見だったが、環境次第で、表に現れる資質は、誰だって、ひとつやふたつあると、特別気にはしなかった。

しかし、それは誤りだった。

二つ目の舞台の千秋楽に、軽く打ち上げをして、有紀と私は久しぶりで、二人一緒に帰路についた。

「この次の舞台から、演出を福沢君に任せることにしようと思うんだけど、どうかな?」有紀は、設立以来、副座長として有紀を助けてきた福沢君に演出を任せると言い出した。

「どうして?」

「一番は、もう現場に出ないようにしたいかな?」

「現場に出ないって、座長を辞めるってこと?」

「そうね、ゆくゆくはそうしたいけど、それは、福沢君の器量次第よね。場合によっては、姉さんが座長になっても良いわけだしね」

「なに言ってんのよ。そんなの無理よ。アンタが座長だから、私はついて行っているだけなんだから」

「そんなことないよ。姉さんは、独自の人生観で演じているよ。だから、誰が演出しても、大丈夫なの。私、自信があるのよ」

「変に自信持たれても困るけど、駄目だったら、直ぐに出てきてよ」私は、座長の決意に異論を挟むことはなかったが、安全弁の話だけは念を押した。

公演のある間は、生き帰りも面倒だからと云うことで、母は泊まり込みで“ゆき”の世話を焼いてくれていた。

一階の和室は、いつの間にか、母と“ゆき”の寝室に変っていたが、特別、そのことで、問題は起きなかった。

帰宅すると、母が寝ぼけ眼で迎えてくれたが、挨拶もそこそこに、自分の部屋に戻って行った。

風呂上がりに、ワインを軽く飲んだ二人は、二階に上がった。

私は、自分の部屋に向かおうとしたが、有紀に誘われるまま、夢遊病者のように有紀のベッドに押し倒された。

最近のふたりのビアンな関係は、常に一方的だった。私は、常に、有紀の責めにのたうち、歓喜の声を放っていた。

二度目の強いオーガズムを迎えて、私はまどろんでいた。

有紀は、窓を開け放って煙草をくゆらせていた。

夜風は、全裸で快感と共にまどろんでいる私の肌を撫ぜていった。

タオルケットを身体に巻きつけて、起き上がると、有紀の吸いかけの煙草に手を伸ばした。

「あのさ、冷凍保存している精子、私に譲って貰えないかな?」

私は、一瞬、有紀が何を言っているのか、理解出来なかった。

そう言えば、目的もなく、竹村の冷凍保存精子の更新料は、毎年支払っていた。

でも、なぜ、有紀がその精子なんて欲しがるのか、意味が判らなかった。
つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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