第496章学会の準備が忙しいと云うことなので、櫻井先生の研究室で会うことになった。
先生とは、村井先生と有紀と会食をして以来なので、1年半ぶりの再会だった。
「いやぁ~、まさか、売り出し中の“竹村りょうさん”からの、お呼び出しで、ビックリしましたよ」櫻井先生は、特別変わりのない童顔で、何ごとかと思いながら、第一声を放った。
「売り出し中なんて、立派なものじゃありませんわ。自分でも、まだ、自分がどうなっているのか、判らない状況の中にいますから……」
「村井先生のお父さんは、貴女の舞台、3回も観に行ったらしいですよ。僕と村井先生は一回だけですけど……」
「あら、そうだったんですか。ありがとうございます。知らなくて良かったかも。知っていたら、セリフを、とちっていたかもしれませんから……」
「いま、ここでお会いしていると、感じないのですけど、舞台上の竹村さんは、凄味のある神秘を感じましたよ。
しかし、竹村さんは、以前、舞台を経験していたのですか?」
「いえ、本格的なのは初めてです。高校時代に真似事くらいしましたけど。
それに、有紀のシナリオも演出も、私向きに作ってくれているから、そのお陰の部分も多いのだとおもいます。
それと、有紀が、マスコミ操作が上手だった、そう云うことも影響しているのだと思うんですよ」
「うん、それは言えますね。
若くして、億万長者になった未亡人。
年商百億の会社の後継者を捨てて、舞台女優に挑戦ですからね、厭でも盛り上がってしまいますよ。
看板倒れかと思って舞台を観れば、ゾクゾクするような神秘があるんですから、人気が出て当然ですよ」
「櫻井先生は褒めすぎですよ。でも、褒められるのって、とっても嬉しいものです。
特に、櫻井先生に褒められるとは、期待していませんでしたから」
私は、それこそ妖艶な笑みを精一杯作って、櫻井先生をみつめた。
「そうそう、その件は別にして、何か、折り入ってのお話でしたね?ところで、珈琲、紅茶、お茶、どれも自動販売機のヤツですけど……」
「それじゃあ、珈琲を…、でも、私が買いに行きますけど…」
「いや、僕の方が慣れていますから……」
櫻井先生は、私の返事も待たずに、部屋を出ていった。
「それでは、お聞きしましょうか、折り入ってのお話を」
「少し、話が込み入っていますので、時系列に沿ってお話します」
「ええ、それで結構です」
「私の夫は、亡くなる前に、TH病院の方で、精子を冷凍保存していました。
更新の手続きは、亡くなった後も夫名義のまま実行していました。
本来であれば、廃棄しても構わない精子なのですけど、その精子を使いたいと云う、或る人物が現れまして……」
「なるほど。それで、その或る人物が、亡くなったご主人の冷凍保存精子を使用して、妊娠したいと?」
「えぇ、そう云うことです。
ただ、所有権の曖昧な冷凍保存精子で、妊娠に協力してくれる医療機関があるのかどうか、その辺が判らないものですから、櫻井先生のお知恵をお借りしたいと思いまして……」
「そうですか。その妊娠なさりたいのは、貴女自身ではないわけですか?」
「ええ、違います」
「ということは、貴女が協力したいと言っている、或る女性と云うのは、僕が想像している女性なのでしょうか?」
櫻井先生の話しぶりは、彼が知っている、もう一人の女性を頭に浮かべたようだった。
つづく
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