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終着駅489


第489章

初舞台に向けて、稽古は順調に進んでいた。大まかにオーケーを出していた有紀から、細かな顔の表情などの注文がついたが、何とか切り抜けた。

一週間後に初日を迎える頃、劇団に一日の休みが入った。私は、ズルズルと休みを過ごすつもりだったが、有紀が父さんと母さん呼ぼうと言って聞かなかった。

私も気にはしていたが、公演が終わってから、ゆっくり呼べばいいと思っていた。しかし、父さんに頼みたいこともあるから、明日の昼間に来て貰おうと、断固主張した。

いまや、私の雇い主であり、舞台監督でもある有紀に強く逆らう気はなかった。

有紀は疲れている筈なのに、朝早くからキッチンに立っていた。私が起きてきたころには、殆ど、昼食の用意まで整えていた。

用事が入っていると言っていた母も、最終的には、そちらをキャンセルして、夫婦で昼過ぎに、吉祥寺の家を訪れた。

二人は、かしこまって広すぎるリビングに座っていたが、“ゆき”を間に置くことで、雰囲気はなごんだ。

「しかし、豪華な家になったね」父は呆れたように話し出した。

「金子弁護士に頼んだら、こんなものが出来上がったのよ。チェックはしたつもりだったけど、治療前だったから、上の空だったのよ。でも、大きいなりに良いこともあると思うの」

「でも、涼、暖房費とか大変になるかもよ」母が所帯じみた心配をした。

「母さん、良いのよ。姉さんは大金持ちだから、心配しなさんな」有紀が、珍しく、母に対して親しみのある言葉を口にした。

「金持ちは大袈裟だけよ。それに、いつもは、ダイニングの方で暮らしていて、このリビングは滅多に使わないから……」

「さあ、みんな、そのダイニングの方にきてくれる」有紀が立ち上がった。

母は、“こっちの方が落ち着くね”と言いながら、料理に舌鼓を打っていた。

「しかし、涼、いつの間にこんなに料理上手になったの?」母は、当然、私が作ったと思っていた。

「私じゃないよ。全部、有紀が作ってくれたの」私は、そう言いながら、少し母が傷つくかもしれないと危惧した。

手元において、料理の手ほどきをした私の腕が上がったものと解釈していたのだろうが、家出同然に母から逃げていった娘の方が、料理上手だと云う事実は、ショックに違いないと、ハラハラした。

しかし、初めての訪問で、幾分上がっているのか、母は、その不都合な事実に気づかず、“へえ、女優さんも、料理が出来るんだね”と単純に応対した。

「ところで、父さんさ、毎日、何しているの?」藪から棒に、有紀が父に向かって尋ねた。

私は、有紀が何かを企んでいる時の藪から棒発言に気づいた。有紀が、何を企んでいるかまでは、想像する暇がなった。

「別に、何もしていないけど?」

「退屈じゃないの?」

「そのなのよ。私も、お父さんに、俳句の会とか、なにか趣味を探したらって言っているのよ」母が、すかさず合いの手を入れた。

「良いんだよ。二、三年かけて、本当にやりたいものを探す。それまでは、浮き草の生活を味わいたいってことだよ」

「その内、勉強するって言っている生徒と同じだわよ」母は、父に対してだけは、あいかわらず舌鋒鋭かった。

ただ、娘たちに対する態度は、相当に和らいでいた。どのような、心境の変化があったのかまでは判らなかったが……。

「でね。父さんさ、劇団の経理手伝って欲しいんだけど」有紀が、核心に触れた。

そう云うことだったのか。しかし、父に劇団の経理を任せると云うことは、私はクビと云うことになる。

有紀が、勝手に暴君のように、差配し始めたのを、私は呆れて眺めていたが、あまり深く考えようとはしなかった。
つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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