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終着駅445


第445章

その夜、珍しく有紀が9時に帰宅した。今では、有紀が泊りに来たと云う表現は不正確だった。時々、自分の部屋に戻ることはあったが、神楽坂を本宅にしているような状況だった。

特に、私の身体に異変が起きてからは、伴走者のように、時間の許す限り、私の身近にいてくれた。

「有紀のプライベートな時間を、私、独占しちゃっているようね」

「そうね、男を作っている暇もないよ。後々、この落とし前は、たっぷり返して貰うつもりだから、忘れないでね」

有紀が時折見せる、妖艶な笑顔は、私の脳幹に響いた。脳幹の響きが、内臓を一直線に走り、下腹にある迷走神経を目覚めさせる。

美しい女だと、今さらながら、自分の妹の横顔をみつめた。鼻梁が、鋭角的で、私との違いを鮮明に印象づけていた。

私は、下半身の疼きを抱えたまま、現実的話題を持ちだした。“竹村ゆき”に乳首を咥えさせたまま、有紀の愛撫を受けると、殊のほか気持ちが良いような予感がしたが、敢えて、今夜の愉しみに残した。

「有紀さ、前にアンタが言っていたこと、気になっていたんだけど、あの、“何かを決めなければいけないって”、あれは、何を決めなければいけなかったの?」

「あぁ、あれね。特に、決めないといけない事情ではないんだけど、劇団も大きくなったし、運営も結構大変でしょう。
座長の仕事が凄く増えちゃってね。
それでいて、シナリオは書かなければならないし、主に主役を演じなければならないわけよね。
どう考えても、どこかで壊れると思うの。どれが壊れるか判らないけど、その中のどれかが……。
場合によると、一気に全部ってこともあるわけよね……」

「そう云う事か。たしかに、忙しいのは私だけかと思ったけど、有紀のも相当にハードだよね。
シナリオと女優は同種だけど、運営は別物だしね。
その上、騒がしい私の問題まで面倒見てくれているんだから、考えたら、チョッと心配になるね」

「姉さんの方のは、勝手に私の感情が、そうしたいって言っているのだから、精神的には楽なのよ。
姉さんに纏わりついていない方が、よっぽど精神衛生に好くないから、やっているだけ。だから、それは疲れないの。
問題は、先ずは運営ね。それから、出来たら女優の方は降りたいかな?」

「えっ!アンタが女優をやめるなんて、それ、チョッと変に感じるんだけど……」

「多分、劇団の人間も、誰も、そんなこと考えてもいないと思うのよ。
でも、私は演じることに疲れているの。
いつか、女優としての私には限界が来るなって、自分で感じているわけ。
私って、姉さんも知っているけど、勘を頼りに生きてきた女だからさ、これからも、その勘を頼りに生きていきたいわけ。
そうすると、化けの皮が剥がれないうちに、女優業から離れた方が、正解じゃないかって感じるわけ」

「最近は、舞台の方観る暇もないので、判らなけど、評判は上々なんでしょう?」

「そう、上々だから辛いんだね。手抜きが出来なわけよ。
観客は常に新しいわけだから、常にフレッシュな“滝沢ゆき”が舞台に居なければならない。それって、相当にハードなんだよ。
でも、評判を落とすのも嫌だからね、神経すり減らして頑張っちゃうわけ。
姉さんが、今のような状況になったことで、今のところアドレナリンが噴出しているから、だいぶ一時の疲労感は消えているけど、なくなったわけじゃないからね……」

「そうなのか……。たしかに、言われてみると、昔の観客の少なかった時代とは異なる疲労があるわけだ。それは、只の疲労ではなく、強迫観念みたいなものも一緒にくっ付いてくるのかもね……」

「個人的欲望から言えば、シナリオ一本槍で行きたいんだよね。
だから、最近のシナリオでは、W主役、トリプル主役みたいなものを意識的に導入しているの。
主役を張れる女優が育つのを待つか、劇団外の女優を抜擢してみようか、色んなこと考えているんだけどね……」

「個人的には、私は、舞台にいる滝沢ゆきのファンだけどさ、只のファンの目と云うことだからね。それにしても、どうしてシナリオじゃなく、女優の方をやめようと思うわけ?」

「私の感覚の問題だけど、自然現象として、老いて行くわけだけど、私の場合、老いた女は演じられないと感じているわけ。
姉さんのように、まろやかさがある場合は、老いてからも、舞台映えするんだけどね、私の雰囲気は、強く逞しい独身女と云うのがお似合いなのよ。
だから、深味のある演技に問題が…なんて言われる前に、舞台を降りたい、そう云う感じかな……」

「なるほどね。私は、有紀のようには思わないけど、そう云う事は、有紀の感性を支持するしかないからね。
そんな、悩ましい問題抱えている有紀に、頼むのは酷な感じなんだけど、頼みがあるんだけど、聞いて貰える?」

「まだ、姉さんの為に出来ることなんて残っていた?」

「いや、新たに加わったんだけど、例の基金の話なのよ」

「基金の話し?」

「そう、単刀直入だけど、次回のシングルマザー選考を、有紀にやって貰いたいの」
つづく

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終着駅444


第444章
 
『ええ、ひとつだけあるんですが、その、竹村さんの治療の終了にもよるんですけどね・・・・・・』

『あぁ、例の基金の候補者選びですよね?』

『それです』

『あの選定のタイムリミットは、何時だったかしら?』

『第一回は、期間10か月で終了しますので、三月が区切りなんですよ。絶対に無理そうな期間だなと思っていました・・・・・・』

『そうですか・・・・・・、意志表示は出来ると思うのですけど、選考書類に全部目を通す余裕があるかどうか、ちょっと自信はありませんね』

『そうですね、選考こそが、理事長の専権事項ですからね。竹村氏の遺志を継ぐ主たる業務ですから・・・・・・』

『金子さんだって、私以上に、竹村のことはご存知な筈ですけれど・・・・・・』

『ある程度は理解していますが、竹村さんの遺志は、必ずしも自分と同じ基準を要求はしていなかったと思います。異なる視点で、応援するシングルマザーを選べば良いという考えでしたから・・・・・・』

『あまり関与したくないと?』

『弁護士にも、それなりの矜持がありますからね。基金から支援を受ける人物と事務的なやり取りもあります。つまり、あくまで事務局であるべきなんです。事務局が基金の選択権にまで関わる事は、様々な不透明さを抱えてしまいますから。私の私情が入り込む余地はなくしておかないと、そういう意味です。仮の話、理事長側の選択であれば、選択に不透明さがあろうがなかろうが、法人格上問題はありません。けれど、その選択が、事務局のお手盛りでは、霞が関の審議会と同じになってしまいます。それは、避けるべきですよ』

金子弁護士の意思は断定的だった。そして、弁護士の枠を逸脱しない行動原理ははっきりし過ぎるくらいだった。この際、これ以上のごり押しは、妥当な結果を生まないと、直感で理解した。

『そうなると、私に代わる正当な代理人が必要ということになりますね?』

『そうなります。副理事長ポストを新設しておくのがベストだと思います。理事長が選択不能の場合には、副理事長が、その業務をおこなう、と云う一文を追加すれば済みますから・・・・・・』

『副理事長ね・・・・・・。私と似たような感性がある人間ですよね?』

『そのほうが、連続性があるでしょうから、ベターですね。正直、アドバイスを求められたら、指名できる候補者はいます』

『その候補者って、滝沢有紀ということですね?』

『そうです。何か問題でもありますか?』

『有紀を副理事長にすることこと依存はありません。ただ、女優としての立場とか、劇団の座長としてとか、支障がなければいいのですけど。出来たら、少しくらい手数料のようなものも、支給出来たら、頼みやすいとか、そう云うこともあるんでしょうね?』

『それは、僕も考えていました。たまたま、第一回の選定は竹村氏が行ったので問題はなかったのですけど、奥さんが理事長になった以上、一定の報酬を設定するのは当然ですから。いつか言おうと思いながら、ついつい言う機会を外していただけです。副理事長を設けると云う改正時に、役員の報酬を決めておいた方が良いのだと思います』

『そう云う理屈で行くと、事務局への報酬も考えないといけませんよね』

『いや、それは奥さんから頂く顧問料の中に含めておきましたから、この件を特別扱いする必要はありません』

『それにしても、役員が報酬を取ると云う事は、支援できる対象者の数が減ってしまうわけでしょう?』

『ええ、理屈上は、そうなります。ただ、現状の信託している資産の運用益は、我々が予定していた利回りを1%近く上回っていますので、当面、対象者が減る心配はありません。将来的には、利回りゼロと云う事態も、可能性としては残されてはいますが……』

『わかりました。それでは、予定利回りを上回った時だけ、報酬が発生すると云うことも出来ますよね』

『いや、それは邪道です。一定の報酬額を決めておくべきです。どうしても、受け取るのが心苦しいと云う事でしたら、その時は、寄付をすると云う形式をとりましょう』

『わかりまし。では、その辺のことは金子さんに任すとして、有紀に、副理事長就任の件を承諾させておけば良いわけですね?』

『そう云うことになります。出来るだけ早く、役員の報酬額を決めて、ご連絡します。ところで、肝心なことを聞き忘れていましたが、いつ入院されるのですか?』

『あら、まだ言っていませんでしたか。入院は明後日なんですけど、数日は、検査だけだと思いますので、連絡は可能ですけど……』

『いや、早急に決めてしまいますよ。明日中にご連絡しますから、有紀さんの方に話を通しておいてください』

金子弁護士との長い電話が終わった。“竹村ゆき”は長電話に呆れたのか、涎を垂らして、桃源郷を彷徨っているような眠りに就いていた。
つづく

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終着駅443


第443章

高坂尚子の五年後を想像した。たしか、彼女は七十歳だと聞いた記憶がある。

おそらく聞いた時から1年は過ぎているので、出所するのは75歳以上と云うことになる。尚子が模範囚になり、刑期短縮で出所の可能性はあるだろう。だとしても、73,4は超えている。

覚せい剤製造販売の罪と、暴力団関係であったことを考えると、出所したからといって、直接的利益もなく、監視の目もある期間に、私へのストーカー行為に及ぶ事は考え難かった。

そのような考えが甘い見通し、と云うことも想定しておく必要はあった。

高坂尚子には、幾分精神に異常を来たしていた面があったわけだから、老いることで一層悪化した行動に出ることも考えておかなければならないのだろう。

しかし、私は、今度は身を挺してでも守らなければならない、“竹村ゆき”がいるわけで、以前の私ではないと云う自覚があった。子供を守るためであれば、今現在、湧き上がっているわけではないが、必ず自然に怒りを伴った積極的防御をするに違いなかった

ごく自然の感情に任せるだけで、おそらく、高坂尚子が、再びストーカーになっても、対抗する気力が心底湧いてくるだろうから、それは、その時次第に任せれば良いことだった。

高坂尚子への杞憂はそこで停止した。二度と会うかどうかも判らない、精神を病んでいる女のことで、これ以上考えることは不要と結論づけた。

現実に、高坂尚子の将来的リスクを考えだしたらキリがなかった。ストーカー的な行動をしようと思えば、どのような手段でもありうるわけで、その為に、何かを準備するのは馬鹿げていた。

ただ、折角新築する吉祥寺の家の防犯には、金子に注文を入れておいた方が賢明だと思った。

在宅中であれば、色んな対抗手段があるわけだが、留守中に関する防犯設備の充実は欠かせない。

どのような設備が考えられるか、ふと考えようと思ったが、それも建築家の仕事の範疇と気づき、考えを放棄した。

もしかすると、防犯設備は建築家の業務外かもしれないが、それも、考慮に入れた設計もあるだろうから、やはり、建築家の業務内だとも言える。

私は、すかさず金子を呼び出した。

金子弁護士をこういう雑用に使ってしまって良いのか判断がつかなかったが、乗り掛かった舟を勝手に降りるような金子ではないと、期待するしかなかった。

『なるほど。そうですね、一般論として考えれば、気の回し過ぎですけどね。高坂尚子の場合は、考え過ぎとばかりも言えませんからね。侵入をケアする方法は、意外に簡単でしょうが、素人考えだと幾分閉鎖的な家になりそうですねが、一階を駐車場だけのお城の石垣のようにしてしまう手もあるでしょうから・・・・・・。まあ、プロに任せることですけど・・・・・・。それと、後は放火されない家を工夫してもらう、そういう注文をつけておきますよ』

『でも、金子さんのお話聞いていたら、私たちがろう城するみたいで、不条理な話なんだなって、思ったのですけど、金子さんのご感想は、どうなのかしら?』

『たしかに、不条理ですが、お相手は気がふれているわけですし、暴力団組織との繋がりも無視できませんから、妥当な選択だと思いますよ。セキュリティーが万全な家屋が、必ずしも牢屋のような建物になるとは限りませんからね。彼の柔軟さを確かめる意味でも、竹村さんの注文に、どのような解決策を出してくるか、僕も愉しみですよ』

『そう、金子さんも同意してくれるのなら、私の杞憂だけということでもなさそうなので、では、その線でお願いします。それ以外に、何か確認しておく問題ってありますか?』
つづく

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終着駅442


第442章

金子弁護士には、吉祥寺の家の解体と、新たな家のラフな設計図を依頼した。

竹村家のシンボルツリー“樅の木”を残すことなど最低限の条件だけを提示しておいたので、あとは、新進気鋭だという、建築家の腕を確かめる楽しみが残された。

治療期間は最低でも4カ月、運が悪ければ1年近くなると、診察室で、村井先生は私に告げていた。

ただ、病室に顔を出して、個人的見解としては、4カ月前後に、要観察ではあるが、退院できるよう基本スケジュールを組んでいると、意気込みを伝えてくれていた。

その基本スケジュールを聞いて、村井先生は口にこそ出さないが、私の白血病が抗がん剤で、どの程度まで治癒する類の癌細胞であるか、一定のエビデンスを掴んでいるに違いないと理解した。

ただ、私は、そのことについて触れなかった。

そのことを聞いた瞬間に、良質な体質が、性悪な体質になるのではと、単純に怖れたからだった。非科学的なことだったが、凄く大切なことに思えた。

映子さんから、社長が、私の拒否反応に戸惑っていると伝えてきた。

映子さんとしては、私が、社長の跡を継ぐことを望んではいるが、現実には、容易なことではない点も、映子さんなりに、説明はしておいたと云う事だった。

三山社長の困った顔が浮かんだ。

しかし、彼の苦境を助けるからと云う情緒的判断だけで、受け入れられる話ではなかった。

大株主の片割れと云うだけで、社内全体が容認する人事とは思えなかったし、これから、大病と対峙しようとしている人間が、考える問題ではなかった。

それでも、映子さんの情報で、三山社長が、私が拒否反応を示したことを覚えている点、気分は軽くなった。

あと連絡をしておく必要があるとすれば、お義父さんだった。“竹村ゆき”は、当然のような態度で、私の乳房に小さな手をかけて乳首に貪りついていた。

オッパイを吸われるとき、母親としての幸せを感じるものだと言われている説明文を幾つか目にしたが、私には、その感情は湧かなかった。子供に対する感情移入が希薄なタイプだと云う事が、身を持って理解できた。

だからと言って、“竹村ゆき”を疎ましい存在だと思う気持ちもなかった。

……それにしても、高坂尚子の件では、お義父さんにお世話になったのだから、近況くらいは伝えておくのが礼儀よね……。私は、“ゆき”の頬を指で軽く突きながら、お義父さんの携帯を鳴らした。

『えぇ、数日中に治療を開始します。多分、生還できると思いますが、念のため、今までのお礼をしておきたいと思ったものですから……』

『治療を開始する?お腹の赤ちゃんに影響はないと云う事ですね?』

私は、そのお義父さんの質問を聞いて、出産の件を、お義父さんには伝えていなかったことに気づいた。手抜かりだったが、今さら手遅れな話だった。

『ご連絡はしていなかったのですけど、子供は無事産まれました。スミマセン、ご連絡を省略してしまって……』

『産まれた!予定日は1月でしたよね?』

『8カ月の未熟児でしたけど、無事産まれて、いま、私の腕の中で寝ています』

『そうでしたか、そりゃ知らずに失礼しました』

『いいえ、私が、色んな事に振り回されてしまって、連絡に手抜かりがありまして、こちらこそ失礼いたしました』

『いやいや、本当のお義父さんじゃないのですしね。それに、ご自分の病気の治療もあるわけだし、一つや二つ、抜けるのは当然ですよ。気になさらずに。それで、赤ちゃんは、もう保育器とかを脱出できたわけですな、そりゃよかった。美絵なんか、3カ月も保育器の中にいましたからね。僕は、駄目かもしれないと思っていたくらいです……』

『あら、美絵さん、未熟児だったんですか?』

その後で、高坂尚子の件にも触れたが、裁判中と云う状況なので、取り立てて情報はないようだった。お義父さんの言を借りると、5年やそこらは、刑務所の中だけはたしかだと、あらためて断言していた。

気になった情報は、お義父さんの会社の不動産ネットワーク情報内の、売り物件に、尚子名義のマンションが賃借権付きで売りに出されている、と云う情報だった。

お義父さんの説明だと、刑務所に入っているあいだ、あのマンションの管理が出来なくなる高坂尚子としては、手放すのが一番楽だと考えたのだろう、と云う解釈だった。

美絵の敵討ちをしたいところだが、相手がいなくなってしまい、気分は中途半端なままだが、忘れるしかないのでしょう、と力なく自嘲気味な笑い声を上げていた。
つづく

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終着駅441


第441章

「母さんのような考えも一つだご思うわよ。でも、絶対真実ではないのよね。自分の子供を、どんな環境で育てるか、決まりはないわけ。
世間の習慣としては、母さん派が多いのも認めるわよ。でもね、私は、その習慣に依存したくないわけ。
自分の子供を育てる時には、依存という習慣を排除して育てたいと決めていたの。母さんに預けるということは、おじいちゃん、おばあちゃんに、育てられる子供になるわけでしょう。
それって、厳しく育てようが、甘やかして育てようが、子供は依存体質になってしまう。これは、子供が一定期間までは、環境に左右されて人間形成される科学的なエビデンスも確立しているから、事実なのよ。
つまり、私の理想は、頼るべき人が居なくても生きていける、独立心の強い子を望んでいるわけ。
だから、預ける場合でも、より他人であるほうがいいわけ。無論、子供の資質によっては、私の勝手な理想が、通用しないこともありうると思っているわよ。
でも、初めから諦める気は全くないということなの。
母さんに、その点を理解して貰いたいわけ。私の我儘な面も認めるけど、挫折するまでは、そのようにさせて。
お願いします」

私は、話すだけ話して、母に向かって、深々と頭を下げた。

話した内容が、自分の本心とかけ離れている事は承知していたが、屁理屈好きの母には通用すると信じていた。

もし、この状況でも、母が異論をさし挟むようなら、私の方には、切れる準備は出来ていた。

「アンタが、そう考えているのなら、私が口出すことじゃないようね。
特別、孫の面倒をみさせてくれと頼みこむ理由もないわけだからね。
まあ、時々顔を見せてもらえるから可愛いのかもしれないから・・・・・・。
アンタも、苦しくなったら意地張らずに、私たちがいることを忘れないで貰えれば良いのよ。私が言いたいのは、それだけよ」

一瞬、リビングに緊張が走ったが、”竹村ゆき”がタイミングよく泣き声を張り上げた。親孝行な娘だと、私は、そそくさと”ゆき”を抱き上げ、乳首を咥えさせた。

リビングには、一瞬にして団欒が戻っていた。乳首を咥えさせたままテーブルに戻ると、父がそわそわし始めた。

「母さん、風呂は沸いているのかな?」父は目を泳がせて、母の返事を待たずに立ち上がった。

「なにボケているのよ。アンタがさっき、洗ってお湯を張ったって言ったでしょう?」母は、相変わらずの無神経で、機微に欠けた返事を返していた。

「そうだった。たしかに、ボケてきているかもな、母さん、俺がボケたら、どうするかね?」

「速攻で、介護施設へですから」間髪を入れずに、母は答えていた。

「父さん、そんときは、私が面倒みてあげるよ」有紀が、合いの手のように、言葉を挟んだ。

「有紀、調子の良いこと言わない方が良いわよ。この人、すぐ、信じちゃう人だからね」母が珍しく冗談を言った。

「最悪、仕方ないわよ」有紀も、冗談で返した。

「仕方なくか?」父が不満な声を出した。

「そりゃそうよ、まともな父さんだけで大変なのに、ボケてるんでしょう?今でも、大変そうなのに、ボケてるんだから、地獄だよ。
でも、行くところがなくなったら、仕方ない。まさに仕方がない状況の典型のような話しなんだからさ」有紀らしい、乱暴な優しさの表明だった。

「それでは、お言葉に甘えさせて貰うよ。母さん、施設じゃなく、有紀のところだからな、忘れないでくれよ」廊下を歩きながら、父は大きな声で応じた。

「冗談と知っていても嬉しいんだろうね。有紀のところなんかに行ったら、鎖に繋がれちゃうんじゃないの」母は、次回に取っておくと言っていた、二本目の羊羹の包みを開けだした。

「母さん、まだ食べる気?」私は、本気で心配した。

「ダイジョブよ、このくらい。久々で、気持ちが高揚しているからね、きっと、アドレナリンが噴出しているのよ」

母の機嫌を心配する必要はないようだった。

圭が欠けてから、初めての家族団らんだったが、新居のマンションと竹村ゆきが、家族の緊張感を和らげていた。

誰ひとり口には出さないが、全員が期せずして待ち望んでいた雪解けムードを歓迎していた。
つづく

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終着駅440


第440章

土曜日、有紀と“ゆき”を伴って、高円寺のマンションに我々は落ち着いた。

“ゆき”を伴ったお陰で、日ごろの静かな反目は表面化することはなかった。

子は鎹(かすがい)と言われるが、夫婦間だけではなく、親子関係や家族関係にも通用する言葉のようだった。

有紀は、余所行きの顔を演じていたが、それほど意識的な感じは受けなかった。

母も、“ゆき”を相手に話すばかりで、我々への関心は、殆ど示さなかった。

父もあれっと云う表情で、母を観察していたようだが、悪い方向に向かっていないことを確認して、ゆっくりと杯をかたむけていた。

赤ちゃんが主役だからと云うことで、夕食はお寿司だったので、特別後片づけもなく、ゆったりとした時間が流れた。

母が虎屋の羊羹を買ってきたからと云ってキッチンに立った。有紀がすかさず、“じゃあ私、お茶を入れるから”と母と並んでキッチンに立った。

私は、嵐の前の静けさを感じたが、何事も起きず、四人は、思いもやらない形で、食後のひと時を、羊羹に舌鼓を打ちながら過ごしていた。

「それで、涼の治療はいつから始まるんだ」沈黙に堪えられなくなったのか、父が口火を切った。

「月曜日から入院はするけど、治療を始めるのは、数日くらい後じゃないのかな?」

「そうか、我々は治癒する前提でここに居るが、万が一ってことも、まったく考えておかないのも馬鹿げていると思うんだが……」

「そうね、それは一応考えてあるの。正しい選択とか、好ましい選択かどうか判らないけど、弁護士の先生の方に遺言書みたいなものは預けてあるから……。いざという時は、ここに居る三人で、その遺言書を読んでもらいたいの……」

「そうか、そこまで準備してあるのなら、余計な心配だな。まあ、あり得ない話だとは思うが、ゼロではないことだからな……」

「お父さん、そう云う話はやめてくださいな、涼が死ぬわけないじゃないですか。圭が死んで、涼まで死ぬなんて、そんなことはあり得ませんよ。私が死ぬと云うのなら、そりゃ分りますけどね」母は、断言した。

「たしかに、その通りだ。涼が死ぬくらいなら、俺の方が先にくたばる筈だからな、ハハハ……」父は、話を区切るために、母に同調していた。

常に我が家は、こうだった。物事の真実に迫るより、一時の平和の為に、家庭的な繕いが上手な家庭だった。

しかし、そうでもしなければ、家庭不和などは、日々起きる環境があるわけで、正しい家族の在り方なのだろうが、どこか欺瞞があった。いや、世の中、欺瞞を認めて初めて成り立つものかもしれないなと思いながら、最後の羊羹を味わっていた。

「それで、治療ってのは、順調に行くと何カ月くらい掛かるものなのかしら?」母が、これから大人の時間だと言わんばかりの口ぶりで話し出した。

危険信号が鳴り出した。そもそも論は、彼女のお家芸だった。

教条的に、本質を突くのが好きなのは、教師独特なのだろうが、私は苦手だった。有紀は、それ以上に苦手というか、その部分を憎んでいた。

「ケースバイケースだから、何カ月とか、判らなわよ。少なくとも3カ月以上だし、10カ月掛かる人もいるようだから……」

「あの病気の治療は、人それぞれらしいからな。早い治癒が好ましいが、これだけは、神のみぞ知ると云うとだよ、母さん」父が、話題を終わらせようと、口を挟んだ。

「それはそうでしょうけど、貴女の治療が終わり、健康を取り戻して以降も、他人様に赤ちゃんを預けておくってのは、どうなのかしら?」母も簡単に引っ込む気はないようだった。

私は、この際、断定的言質を話してしまった方が良いと考えた。折角の一家団欒に水を差すことになりそうだったが、尾を引く方が最悪だった。
つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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人妻のからだ 』(中編)

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