第458章「さぁ出来た。卵サンドとハムサンドと野菜サンド。お好きなもの、お姫様、お食べになって……」
「有紀って、料理上手なんだね」私は、心から、そう思った。
「これってさ、料理とは言わないでしょう。これは、出来ている具材を組み合わせただけだもの」
「そうは言うけど、盛りつけ方とか、美味しそうに見えるもの、一種の才能だと思うよ」
「お褒めに預かり光栄です。コンソメのスープを、今持って行くから、食べはじめてよ」
軽く塩味とマスタードが効いていて、食欲をそそった。三口で、トリプルサンドイッチを食べ終わった時、湯気の立ったスープが目の前に出てきた。
「綺麗なスープだね」
私は、スープスプーンを握ったまま、細切りのニンジンとネギ、ピーマンの色合いに見惚れていた。
有紀の造形に対する感覚が目の前にあった。有紀が一流の芸術家であることが、今更のように理解できた。
人間の能力を誰が判定するのか、親たちだろうか、教師だろうか、周りの他者の評価が、どれ程あてにならないかを証明する見本が、目の前にあった。
誰が、手のつけられなかった不良娘に、これだけの才能があることに気づいただろうか?誰ひとりいない。
もしかすると、有紀自身も、自分の才能に気づかずに、突っ走っていただけかもしれない。
それに引き換え、私の生き方は、なんだったのだろう。明らかに、目の前にあったレールの、どれかを選択していただけで、自分が敷いたレールの上を歩いたわけではないのだ。
圭なんかは、典型的に、最上位のレールの上に乗っかっていたのだ。何らの疑問も抱かずに、この世の仕組みを味方に、生きていたアイツが、その有利だった仕組みの一つの罠に嵌り、一番初めに挫折した。
私も、自分の責任ではないが、半分挫折の淵に立たされたのだ。
日本人の多くは「空気」に流され生きていると、名コラムニスト山本七平が言っていたが、その通りであると同時に、その空気が、人を迷い道に引きずり込んでいくいる事実も証明していた。
特に歴史的なパラダイムシフトが起きようとしている今という時代は、既存のレールが、正しいレールだとは言えなくなっていることなのだろう。
“竹村ゆき”には、幾つの選択肢が示されるのだろう。私は、半ば以上意味のない考えに引きずり込まれそうになった。その混迷確実な思いから救ってくれたのは、有紀の一言だった。
「なに深刻な顔しているのよ?」有紀が、意外なほど優雅に、スープを口に運ぶ手をとめ、揶揄う目で質問を投げかけた。
「ああ、意味不明なこと考えていたのよ」
「意味不明なこと。体調とかの問題じゃないのね?」
「違うよ。体調は悪くないから大丈夫。ただ、相当に筋肉が退化しているようだから、暫くはリハビリ的に生活しないとなって、考えてはいるよ」
「それは、意味のある方の考えでしょう。意味不明な方は、どんなこと思っていたの?」
「どう表現したら良いのかな。現時点と云う縦軸で輪切りにすると、有紀の生き方が一番正当な道を歩んでいる。そう云う感じの思いかな?」
「ああ、そう云う感想ね。偶然だけど、私も、姉さんと会えない間に、そんなこと思ったよ。
一番不出来で、親が匙を投げた子供が一番元気でさ。健康優良児で頭脳明晰だった二人、圭は死ぬし、姉さんは白血病でしょう。人間の運不運って、どこで落とす決め手があるのか、どこで、拾う決め手があるのか、そんな事実関係を踏まえて、いま、シナリオ書いているの……」
意外な一致に、私は、会話を続ける言葉を探していた。
つづく
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