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終着駅450


第450章

想像通り、闘病は過酷だった。しかし、自分の決意を放棄したくなるほど過酷でもなかった。

死と交換する苦痛なのだと思えば、或る意味で過酷という程のものではないような気がした。

過酷と云うのは、竹村のように、治療を放棄せざるを得ない人間が感じる精神的苦痛であって、治療の手段があり、治癒するエビデンスも見えている、私の苦痛は、産みの苦しみ同様に、新たな世界が与えられるようなもので、苦痛ではないのかもしれないと、自分に言い聞かせ続けた。

第一回の抗がん剤投与期間、一週間が過ぎた。

村井先生は、抗がん剤投与の副作用は、投与期間後に現れるので、これから厳しい副作用があることを覚悟してくださいと告げていた。

私は笑みを浮かべながら、ハッキリと肯いた。

死と生の境界線にある細胞を殺すのだから、そりゃ苦痛が伴うのは当然ですよね。

言外に、私は、その意志を伝えた。

数日後、骨髄検査が実行された。吐き気と食欲不振が同時進行で起きていた。体温が上昇するので、意識は朦朧としていた。

この朦朧と云う副作用の中で、かなりきつい目に遭っていた筈の苦痛は、意識混濁によって和らげられていた。

常時滞在している、それらの副作用に比べれば、骨髄検査の痛みなど、蚊に刺された程度のものだった。

村井先生は自信がみなぎった顔を常にしていた。

どんな失敗を犯しても、成功しているような顔つきが出来る人種なので、村井先生の表情から、私の抗がん剤治療の効果があるのかないのか、窺い知ることは出来なかった。

櫻井先生だったら、一目で判るのに残念だった。

検査結果は、三日ほどで判るので、その後で、次のスケジュールを検討しましょう。村井先生の言葉は、とても事務的だったが、無機質になっていた私の精神には、丁度良かったかもしれなかった。

櫻井先生のような人が、人情味を出して、治療の状況を説明される方が、こちらも感情移入してしまい、切なくなったかもしれない。

どちらが好いか悪いかと云う問題ではなく、その時、患者がどのような立場にいるかどうかの問題なのだろう。

シビアな治療を必要とする確率が高い血液内科の医師としては、村井先生のようなタイプがあっているだろうし、おめでたい出来事に立ち会う確率の高い産科の医師は、櫻井先生のような人柄が好まれるのだろう。

しかし、櫻井先生のようなタイプが、常に人情味豊かな人物だと、決めつけるのは、間違いでもある。

櫻井先生が、あっさりとうち明けた、早期分娩推奨のエビデンス的実践には、かなりの危険も伴っている筈なのに、何気なく実行してしまう野心は悪魔的だった。

村井先生の方が見るからにニヒルなのに、なぜか、櫻井先生の方がニヒルだった。

人というものは、外観だけが判断できないことは、頭では理解していても、余計な第六感や肌感覚が、判断力を惑わせる。

それが人間だと、言ってしまえばそれまでのことなのだが、そのような判断に至ってしまう、人の心理の揺らぎは、興味深い。

しかし、フロイト以降の、深耕過程にある心理学の論に頼る気にはなれなかった。

心理学者の学問領域には、人間の社会性という概念を軽視して、心理について、あくまで心理学として、探求しすぎている傾向があった。

その辺が、私が心理学専攻の研究者の道に進まなかった原因があった。

いま、このような経験を内に秘めて、学生時代に戻るのであれば、心理学の道を選択することもありだった。

私は、日々の高熱と、常時夢を見たり、朦朧となったり、痛みや嘔吐に覚醒される長い時間経過の中で、思いもよらいない、考えに憑かれた。

闘病の状況を詳しく語りたい気持ちはあるのだが、正直、その時の状況を充分に把握していなかった。仮に、記憶していたとしても、積極的に、人に伝えたいとも思わなかった。

第一クールで、幸運にも完全寛解(かんぜんかんかい)に至った。完全云々等と聞くと、これでオシマイな感じがしてしまう。

しかし、今後の治療行程予定表を見せて貰ったが、完全寛解という状態が、本格的治療の第一関門に過ぎないことが理解できた。医学者が、なぜ、人が勘違いするような”完全”という漢字を使ったのか知る由もないが、酷く腹立たしい気分になっていた。
つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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