第72章私は映子にメールを入れ、身内の不幸があったので、今日は取りあえず有休を取ると伝え、代々木上原の圭の家に急いだ。美絵の遺体は、検死の必要があると云うことで、所轄の警察が運び出していた。
沈鬱な空気が、圭の新居を包んでいた。座っていたのは、美絵さんの両親と圭だけだった。そこに私が加わったからといって、特に会話がはじまると云うものではなかった。
「しかし、あまりにも言葉が少ない」美絵の父親がぼそりと口にした。
「圭、遺書はあったの?」私は、初めてのように聞いてみた。
「遺書も、今は警察が持って行ったから、ここにはないけど、『辛くなったので死にます。藍のことよろしくお願いします。』それだけなんだよ」
「それだけ?」
「あぁ、それだけ」圭も沈鬱な面持ちで訥々と口にした。憮然たる態度が、何も知らなかった間抜けな亭主の姿を見せていた。
「ふーん、それだけ。どこか身体でも悪かったのかしら?」
「いや、そんなことはあり得ない。いつも、きっちり家事はしていたし、藍の育児にも精を出していたし・・・」
「お父さまたちは、何か心当たりあるのでしょうか?」
「いや、まったく…」美絵の父親も憮然と答えた。
それから先は、まさに陰鬱な通夜状態で、誰も声を出すものはいなかった。
「あなた達夫婦に何事もなかった。美絵さんに、これといった厄介な病気に罹っていた形跡もない・・・・・・。美絵さんに限って経済的な事情なんてないでしょう。こういうことを不用意に言ってはいけないけど、本当に自殺なのかしら?」
「まさか、遺書があるんだよ、あの字は美絵のものだったし・・・・・・」
「私も見ましたが、あれは美絵の字です。」義父さんは断定的に語った。
「そういえば、藍ちゃんがいないけど、どこにいるの?」
「何も知らずに寝てるんだよ。なんて説明しようか、さっきから考えているんだけど・・・・・・」
「病気で突然死んだのよって、話すしかないわ」私が来て初めて美絵の母親が口を開いた。
たしかに、それしか選択肢はないのだけど、語り口が、いかにも事務的だった。
つづく
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