第73章私は、美絵の母親に違和感を憶えた。おろおろするのが当然の状況で、厭に落ち着き払っているのが不思議だった。
直感的に、この人は、何か隠している。私は、そう思った。
その晩は、美絵さんの両親が残るということになり、私は早朝の代々木上原を後にした。
とりあえず、沈鬱な空間から開放された私は、周りの空気を一杯に吸込み、フ~ッとため息をついた。
何かがある。その何かは、全然見当もつかないけど、必ず美絵さんが自殺した原因はあるのだと確信していた。
意味もなく、三十歳に満たない女が、自分の命を縮める理由は、必ずあると思った。可愛い一人娘の藍を残す辛さ以上に、辛い、或いは屈辱的何かがあるに違いなかった。
あの母親は、その原因の全貌かどうか別にして、ヒントは抱えている感じだった。
仮に、私と圭の関係に関わる原因であるのなら、もっと違う雰囲気が流れていたはずだと思った。一種、憎しみのような空気があってもいいはずだが、そう云うものはなかった。
美絵さんに、何か都合の悪い、何かが起きたのではないのだろうか?
圭との夫婦関係であれば、何らかのかたちで、私たちの間にも情報は流れてきているはず。
圭だって、心当たりがまったくないと云うのは、いかにも不自然だった。美絵さんには、圭に知られたくない、何かを抱えて死んでいったのだろう。死ぬほど辛いと云う事は、どういうことなのだろう?
美絵さんの身に単独で何かが起きたと考える根拠は充分だった。まさかとんでもない詐欺にあったとしても、解決策が皆無ということはない。経済的なことなら、父親に必ず相談が行くはずだ。
美絵さんが積極的に殺人などを犯したという想像も荒唐無稽な推理だ。だとすると、美絵さんは自らの行動のせいで、何らかの破廉恥な事態に陥ったのだろうか?圭に隠れて薬物に手を出したと云うのも想像しがたい。
そうか、生き恥を晒したくない何かが起きたのだ。
強姦魔に襲われて、そのシーンをビデオ撮影されて脅かされていたとか、よくある卑劣な強姦魔の強迫を描いてみたが、かなり陳腐な話に思えた。
そういう場合、美絵は被害者なのだから、必ずしも自殺に結びつくとも思えなかった。夫婦関係が気まずくはなるだろうが、子供のことも忘れるほど重大な辛さとは言えないだろう。
つづく
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