第84章食欲はないけど、何かは口に入れないと、と云うことで大判のピザとサラダを注文した。
「ピザが届いてから話した方が良いよね。私、お風呂入ってくるね」私は、圭の返事を待たずにバスルームに向かった。特別、風呂を使う必要はなかったけど、二人の間に流れる重苦しい空気を一掃したかった。
バスタブにお湯を張りながらシャワーを浴びた。性的な営みがないと分かっていながら入るラブホテルのバスタブは、無闇に大きく冷たいものだった。
やはり、ラブホテルはセックスをするための場所だと云うことなのだろうが、必ずしも最近は、そういう場として使われているとは限らないという記事を思い出した。
カラオケセットは当たり前で、オンデマンドで映画も鑑賞可能だし、アルコール類も豊富だ。所によっては天然湯使用の露天風呂まであるようだった。単に、くつろげる空間としてラブホテルが機能しているのかもしれなかった。
おそらく、圭の持ってきた、厄介なCDを、こけおどしのように居座る大画面の液晶に写りだされるのかと思うと、その時の反応をどのようなものにすべきか、考えずにはいられなかった。
有紀との連想ゲームのお陰で、何も判らない心境ではなかったので、圭よりは、冷静に画面を見ることが出来る気もした。きっと、圭も性格から考えると、酷く取り乱す心配はないのだけど、見終わった後で、どのようなアクションが相応しいのか、纏まりなく考えていた。
圭がピザが届いたと伝えにきた。私は、圭に「アンタも湯船に浸かって、少しはリラックスしなよ」と、下着をつけ、バスローブに腕を通しながら、声を掛けた。
入れ代わりに圭が、バスルームに消え、私は、ピザを頬張った。既に、CDはセットされているらしく、プチプチの封筒は空だった。
ふた切れで満腹感を憶えた私は、何気にテレビのスイッチを入れた。猛烈な音量が私に襲いかかった。よく見ると音量が28を示していた。今にも鼓膜が破れるような錯覚に襲われながら、12まで落とした。
NHKのローカルニュースのテロップが私の目に飛び込んできた。”動画撮影で恐喝”。私は声を出すところだったが、現実には声もなく、そのニュースにくぎ付けになっていた。
目の前で報じているニュースは、美絵さんの件とは一切関わりのない事件だったが、そういう事が世間では意外に多くあるのかもしれなかった。そういえば、リベンジポルノが結構話題になる時代背景がある事に思い至った。
愛し合い、信頼の情の頂点にある男女にとって、現代のITとデジタル機器は、手っ取り早い記録である。昔は二人の愛の情景を、アナクロに手紙やポラロイドカメラでおさめる閉鎖空間と云う境界線があったのだが、時代は、その歯止めの不便さを取り払ってしまったようだ。
メールのやり取りにしても、恋人や愛人同士では、睦言と言われる語彙が行き交う。現実には、手紙と違って、調べようと思えば、その記録は第三者に丸裸にされるわけで、デジタルと云うものは、限りなく怖いものだった。
ただ、人の感覚と云うものは不思議で、デジタルの世界は匿名性の世界だと勘違いするから、手紙なんかより秘密が守られているように錯覚する。その場その場で消えていく存在のように思うのだけれど、永遠に記録は残るし、リベンジポルノなどは、際限なく拡散してしまう事を人々は感じない。
既に、目の前にセットされているCDの中身にしても、一旦流出してしまえば、ネットの世界がある限り永遠不滅に世界中を巡り続ける。私は、そんなことを考えながら、食欲を失っていった。
圭がバスルームから出てきて、ピザを頬張りながら、リモコンを作動させた。レコーダーの箱の中で、カタコトと恐怖のはじまりを知らせていた。
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