第407章「いいですか、一、二、三で、いきんでください」声が聞こえた。
“イチ、ニッ、サン!”
私は、股間全開で握り手を死ぬほど強く握っていた。
「いいですよ。体中のものを全部絞り出す感じで!」
私は必死だった。声を出す気にはならなかった。ただ、股間が裂けてしまいそうに拡がった感じがした。
ここまで来たら、中途半端は許されない。
完全に胎児を出してしまわなければ、胎児の首を絞めてしまうという恐怖があった。子供を産むつもりで、赤ちゃんの首を絞めるなんて、そんな愚かな選択はなかった。
「保育器の準備!」誰かが大きな声を出した。
「もうチョッと。もう一回、目一杯、いきんで!」
“イチ、ニッ、サン!”
誰が言っているのか判然としなかった。ただ、言葉は通じていた。
その次の瞬間に、何かが、股間を裂きながら捩じり出てくる感触があった。
「無事産まれましたよ!」また、誰かの声が聞こえていた。
赤ちゃんは生きているのだろうか、私は、次の言葉を待った。
しばしの静寂があった。赤ちゃんの身体を叩いている音だろうか、パシッと云う音がした。
そして、ひと間開けて、泣き声が聞こえてきた。
私の目の前に突きだされた赤子は、酷く弱々しかった。よく、泣き声など出せたものだと思うほど、小さくて細かった。
しかし、目撃出来たのは瞬間的で、赤子は保育器の中に速攻で移されたようだ。
本などに書いてあったほどの爽快感はなかった。カンガルーケアーなどと云う流暢なスキンケアなど出来る状況ではなかった。
それよりも、赤ちゃんが出たのに、軽い陣痛のようなものが下腹部を締めつけた。
そうだった、胎盤を排出する仕事が残っていた。
「赤ちゃんは大丈夫ですからね。このまま、もう30分くらい我慢してくださいね、胎盤を排出させていますからね」助産師は、すべて予定通りと云う落ち着いたトーンで、耳元で囁いた。
ただ無為に、分娩台の上で不様な姿を晒しているのだが、一仕事終えた充実感はなかった。出産の陣痛に比べれば、僅かな陣痛模様の痛みがあったが、たしか30分も掛からず、子宮の収縮作用で胎盤が押し出された。
その後のことは、あまり記憶がなかった。後で確認したことだが、胎盤が出たあと、1時間半ほど分娩台に乗ったままだったらしいが、かなりしっかり寝ていたらしい。
気がついたのは、ストレッチャーに移動させられる為に、担がれた時だった。
病室に戻ると、有紀がいた。
「姉さん、おめでとう!凄いね、本当に予定通りに産むなんてさ。驚くほど安産だったらしいよ。小さく産んで大きく育てるの典型だよ。そうそう、見てきたよ、保育器の中の赤ちゃん」
「ちゃんと生きてた?」
「寝ているみたいだったけど、多分大丈夫なんじゃないの、見せてくれたくらいだから」有紀は心もとない情報を伝えたが、2000gに満たない赤ちゃんが、元気そうに見えたと嘘をつかれるよりも良かった。
「家の方にメール入れておいてくれた?」
「父さんにメールしておいたよ。予定通り早産だったので、保育器に入っているから、ご対面できるかどうか判らないけど、母子ともに、一応は良い状態ですって」
「ありがとう。後は会社の方だけど、明日、起きたらメールすれば良いよね」
「それでいいよ。真夜中にメール来たって、どうせ読む人もいないんだから」
「有紀、また、眠くなってきたんだけど、寝てもイイかな?」
「良いよ、安心して寝てなよ。いま、看護師さんが補助ベッド用意してくれる言ってたからね、私も、今夜は、ここに泊まるから」
「そうなんだ、凄く安心、有紀、ありがとう……」
ようやく、そんな言葉を朦朧とした意識の中で話しながら、私は深い眠りに就いていた。
つづく
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