第411章有紀は、父さんに、見舞いに来るのは明日以降とメールをしたと言っていたが、案の定、母は飛び込むようにして、病室に駆けつけてきた。
「どうしたの、母さん。面会は、明日以降にしてって、メールしたじゃないの」有紀が、憮然とした言い回しで母の来訪を非難したが、母は、聞く耳を持たなかった。
これは駄目だと気づいたのか、有紀は、“また来るね”と言い残すと、逃げるように病室を出ていった。私は、有紀に聞こえたかどうかおぼつかない声音で、“有紀、ありがとう”と呟き、母の顔をみつめた。
「どういうことなの?私に何も知らせずに、どうして、早産なんかになるのよ」母の発言の趣旨を理解するのは容易ではなかった。
「早産は、私が選んだ話じゃないから、そんなこと言われても……」
「そりゃそうかもしれないけど、事前に、何らかの兆候があったんでしょう。それならそうと、知らせてくれれば良いじゃないのよ」
「特別な徴候なんてなかったのよ。子宮頚が、少し短くなったことはあったけど、また、平常に戻ったしね……」
「やっぱり、あったわけじゃないのよ。それで、赤ちゃんは何処なの?」
「あのね、父さんから話、聞いているでしょう。NICUに入っているって……」
「あの保育器の中ね。だったら、未熟児ってことかしら?」
「決まっているでしょう。8カ月で産まれてしまったんだから……」
「未熟児でも、産まれてから24時間以内に、親たちも会える規則だって聞いてるけど、どうして会えなのかしら?」
「規則っていっても、夫々の病院の決まりなんだから、法律じゃないもの。それに、まだ私自身が保育器の我が子と対面していないんだから、母さんの番は、まだ先の話よ」私は、有紀は会ってきているけどと、つけ加えることはなかった。
「それで、アンタの体調はどうなのよ?」
ようやく、私の話題にになった。
「そうね、いたって大丈夫かな?大丈夫と言っても、まあ、色々と問題はあるんだけど、いま、そちらの方の検査をしているの……」
「んんん、言っている意味が判んないけど、どういう意味なの?産後の状態が悪いってこと?」
「ん、だから、出産とは関係なく、違う面で、ちょっと心配な症状があるから、検査の途中なのよ……」
「何よ、その心配な症状ってのは?」
「まあ、大したことはないだろうって話だけど、検査が途中になっているから、母さんたちに報告できる状況ではないってこと」
「どうも、要領を得ない説明だわね。まあ良いわ、取りあえず、アンタが元気そうにしているから。それにしても、この病室、大丈夫なの?貴賓室みたいじゃないのよ」
「病室が空いていなかったの。だから、特別室で結構ですって、私が了解しただけの話。普通の個室が空き次第、そっちに移るから……」
「赤ちゃん産んだんだから、もう大部屋だって問題ないんじゃないの?病院にぼられているんじゃないのかしら?私が、事務の方に交渉に行ってこようかしら」
「母さん、ひっくり返すの止めておいて。私、お金の心配はしていないから」
「幾ら、遺産が入ったからって、無駄遣いなんかしていたら、お金なんてのは、お足ですからね、あっという間に消えてしまうものよ。もう、本当にこう云うことになると、アンタも父さんも、判断が甘いんだから」
「わかったわ。これから気をつけるようにするよ。少し、寝たいから、また明日とか、明後日とかに、話しよう」私は、もうこれ以上話しません、と強く意志表示しながら目を閉じた。
母は、まだまだ、もの言いたげにゴソゴソしていたが、私が狸寝入りの寝息をかくと、不承不承立ち上がった気配がした。やれやれ、帰ってくれたかと思って聞き耳を立てていると、洗面所のドアが閉まり、水洗の音が聞こえてきた。
また戻って、補助ベッドに腰かけていたようだが、私は必死で寝息をかき続けた。しばらく、そんな鍔迫り合いが続いたが、私の狸寝入りは、本当の眠りの導入部となり、母のいない世界に入り込んでいた。
つづく
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