第404章さっさと基礎検診を終わらせておこうと、ブザーを押した。
「竹村さん、どうなさいましたか?」明瞭な女の声が応えてきた。
「血圧とかの検査をお願いできますか」
「わかりました。10分以内にお伺いします」また、明確な答えが返ってきた。
「ロボットみたいに正確な反応だね。これって、特別室だからかな?」
「さあ、どうなんだろう。一般病棟のこと知らないけど、同じなんじゃないの?」
「多分、特別室の所為だよ」と一言残して、有紀は黒縁の眼鏡をかけて、地下のコンビにまで行って来ると言って、病室を出た。
有紀が出て行ってまもなく、今度は酷く若い看護師が入って来て、血圧やら、脈拍などを確認した上で、何か体調で気になることはありませんかと、聞いてきた。
「特別、変ったことはありません。夕方、先生の診察があると聞いたのですけど、普通は何時くらいになるのかしら」
「そうですね、16時から17時くらいの間だと思います。急患が入ると、それよりも遅くなりますけど……。あの、一つ個別の質問しても良いですか?」若い看護婦は、頬を染めて、小さな声で尋ねた。
「良いわよ」
「あの、付き添いで来られたのは妹さんですか?」
「そうだけど」
「と云うことは、竹村さんは、滝沢ゆきさんのお姉さんって事ですか。あぁ、これはお答えにならなくても良い事なので、無視して貰っても良いのですけど……」
「大丈夫よ。そうなの、妹は滝沢ゆきなの、でも出来るだけ、拡げないでおいて貰えると助かるんだけど……」
「やっぱり、そうでしたか。何人かの人が、噂していたものですから、つい好奇心で、スミマセン」若い看護婦は、検査一式のワゴンを押して出ていった。
入れ替わりのタイミングで、有紀が地下のコンビにから、即席のカップ麺を買ってきた。
「あぁそうだ。お湯を沸かさないと」
有紀は、てきぱきと家事をこなす女の役を演じているようだった。
「やろうと思ったら、女優ってなんでも出来ちゃうんだね」
「えっ?なんか言った?」
「いやね、意外に有紀って、家事をしている姿が絵になるなって思ってさ」
「まさか、インスタントの即席めん作れるからって、家事が出来る女まで想像するのは、飛躍でしょう」
「いや、そこまで連想させる機敏な動きが見えるのよ。女優が板につくと、そんな風になれるのかなって思っただけ」
「こんなところに来て、急に気づくなんて、ちょっと変だよ」
「そうかな?こういう特殊な空間だから、感じるのかも」
「人間って、そう云う意味では不思議だよね。
姉さんが病気になった、そう聞かされた瞬間から、姉さんとの距離が、より接近した感じはあるんだよね。
何時でもいる筈の姉さんが、遠くに行きかけてしまうのを止めるのは私だ。そんな奇妙な責務の意識が強くなったからね。
殆ど、完治するに違いない病気だと言われても、やはり、白血病と云う言葉には、不治の病のような印象が人間の中にあるからね。言葉の潜在的力っていうのかな、言葉は大切だなって、つくづく感じていたんだよね」
「そういう心理が働くんだね。たまには、病気になるのも悪くはないってことか……」
「そういう訳じゃないけどね。
病気にならない方が良いだろうけど、病気が仲介する人間関係ってのも、それなりにあるなって気づいたよ。
そして、竹村さんと結婚した、その時の姉さんの気持ちが、少しだけ理解出来たような気がしてね。
だからかもしれないけど、いまお腹にいる子は、ただ単なる姪に過ぎないとは思えなくなっているんだね。これは、凄く不思議な感覚だよ」
有紀と私は、そんなシリアスな会話をしながら、即席めんを、音を立てて食べていた。
つづく
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