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終着駅409


第409章

小さくノックされて入ってきたのは、先ほどの看護師ではなく、櫻井先生だった。

「竹村さん、頑張りましたね。幸運が重なったのでしょうけど、無理かもなと思っていた分娩、成し遂げましたよね。貴女の意志力と筋力が、かなり貢献した結果ですよ」

「筋力とかも、関係するものなのですか?」

「特別、筋力について、産科の教本では触れていませんが、僕は、全体の筋力の力は重視します。勿論、だからと言って、妊娠した女性に、筋力を鍛えろ等とは言いませんよ。妊娠するまでに鍛えられていたかいたかどうかですから……」

「高校時代は陸上部で、走高跳の選手だったんですよ。すっかり忘れていたけど、あの頃の努力が役に立ったのかしら?」

「そうだったのですか。そのお陰でしょうね、柔軟な筋肉が、分娩時にはかなりの威力を発揮したのかなって推測できますね。最終的陣痛が来てから、1時間ちょっとで出産しているのですから」

「学会で報告できるかしら?」

「いや、それは無理でしょう。何と言っても、こういう無謀なケースは、おいそれとありませんからね、一例だけで、理論づけるのは、いくら強引な僕でも流石に無理ですよ。ただ、僕の予想通り、8カ月胎児時点での、出産の効用に関する、貴重な事例にはなります。そう云う意味では、ご協力に感謝しています」

「いえ、こちらこそ、無理難題をお願いした立場ですから。でも、私も、覚悟した産みの苦しみ、意外にあっさりしていたので、幾分、拍子抜けだったのは事実です」

「助産師も慌てたようですよ。あんなにあっさりと、胎児の頭部が出てきた時にはね。子宮も、抽出力が強かったようですし、支える周辺の筋肉も充分だった、出てくる赤ちゃんの動きが、陣痛時の子宮の動きと、上手いこと調子を合わせていた、そういう事が重なる安産だったのでしょうね」

「それにしても、やはり生まれる子供が小さいってことは、相当出産時には意味があるわけですね?」

「その辺が、僕の狙いですけどね。現時点では、未熟児と云う観点では、マイナスの問題点ばかりが多い状況ですからね。現時点では多勢に無勢ですから、もう少しデータを重ねて行かないと、まだまだですよ」

櫻井先生は自重しながらも、自説が、面白いように実践されたことに満足しているようだった。櫻井先生は、童顔な顔に似合わず、相当野心的医者なんだとも思った。

「そうそう、言い忘れていましたけど、赤ちゃんは保育器の中で、順調にしていますからご安心ください。まあ、外見的には、色んなチューブに繋がれているので、痛々しく見えますよ。でも、状況を見ながら、一つずつ解放していきますから、明日にでも、面会できるように手配しておきますから」

「あまり、痛々しい姿、目撃したくない気にもなるんですけど……」

「いや、やはり、一日一回は顔を出して、声をかけるようにしてください。スキンシップの一環ですし、現状では、それがベストなやりかたですからね。そうそう、初乳は取りに来ましたか?」

「いえ、これからです。あのう、この哺乳瓶に入っている程度しか、出なかったのですけど……」私は、櫻井先生に、哺乳瓶の底の僅かな溜まりを示した。

「あぁ大丈夫ですよ。よく頑張りましたね。出産後すぐの段階で確認した時点では、もう少し先かと思っていましたから、充分ですよ」

櫻井先生は、NICUの方に直に持って行きます、と言って急ぎ足で病室を後にした。

櫻井先生と、あれだけのやり取りをしていたというのに、有紀は、補助ベッドで、寝返りも打たずに熟睡を続けていた。

先ほどの看護師が急ぎ足で入ってきた。

「お乳、出ましたか?」

「あっ、いま先生がいらして、NICUの方に直接持って行くからっておっしゃって……」

「ああ、そうでしたか。チョッと急患の方に行っていたものですから。先生が持ったいかれたのですから、きっと、充分な量があったのかもしれませんね」

「どうなんでしょう。哺乳瓶の底の方に、ちょっとだけ溜まった感じでしたけど……」

「初日は、それでも十分ですよ。明日は、もう少し出るようになる筈ですからね。それから、明日と云うか、今夜でも良いのですけど、初乳を保存する袋をお持ちしますから、こちらの冷凍室の方に、日時を書いて保存してください。それを、出来るだけ赤ちゃんに注入するようにしますから」

「注入ですか?」

「そうです。現状は、胃にチューブが直接入っていますので、そのチューブを通して確実に届けられますから……」、看護師は、こともなげに胃のチューブの話をし、保存用母乳の容器を取りに行くのか、足早に部屋を出ていった。

……胃にチューブを入れているのか……。私は呟いた。
つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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