第438章部屋に戻って、田沢君のお母さんが用意してくれた、育児初心者の必須用品を、今さらのように手に取って確認した。
母親になったと云う実感を、いまだに自分のものにしていないと呆れながらも、こういうものが、自分の日常に入ってきた違和感を、どのように受け入れて良いのか、戸惑っていた。
強い自分の意識が存在しなかった結婚。深く考えることなく、竹村を追い立てて強要した妊娠。そして、8カ月で、無理やり出産させられた“竹村ゆき”。
しかし、強く意識していたか、確固たる信念があったかどうかに関わらず、事実は、私の曖昧な要望通りに推移して、今現在がある。
自分の気まぐれな我が儘の連続が、様々なシーンで、それに真剣に対応してくれるパートナーが誠実に、その気まぐれに応じてくれたお陰で、すべてが実現してしまった。
そして、その気紛れの産物として、私の人生の前に“竹村ゆき”がいる。私は、どこまで、その自分の気まぐれの結果に責任を持たなければならないのか、幾分、迷っていた。
誰にも、聞かれたくない、心の悩ましさだった。死んでしまった竹村だが、天国で再会しても、この本心は伝えられそうになかった。
一心同体で、一連の問題に関与してくれた妹の有紀にも告白できそうもなかった。必死で、8カ月の胎児を自然出産させる為に、努力してくれた櫻井先生にも話す気にはなれなかった。
そう、ここに有紀が言っていた“破綻”があるのかもしれない。気まぐれに、自分の魔力に惹かれて群れてきた男たちに、気まぐれな要求をぶつけている女。そして、その無謀な要求を実現しようと努力してくれる男たち。
どこかで読んだような筋書きだ。そう、竹取物語だった。私がかぐや姫というのは、流石に思いもつかないが、深い根っこの部分に、かぐや姫のような心根は、多くの女の中で生きている、そんな悍ましくも(おぞましくも)ノスタルジックな気分に浸りながら、ピンクの肌着を手に取っていた。
次々と出てくるベビー用品に、私は、その都度戸惑っていた。これは何に使うのだろう、似たようなものが幾つもある。本来は、子供が産まれるまでに、知っておかなければいけないことを、私は何ひとつしていない母親だった。
袋の中の物をすべてテーブルの上に並べ、呆然と眺めている私の目に、袋の底の書類袋が飛び込んだ。
田沢君のお母さんは、私が無知蒙昧な女であることを充分に知りつくしてくれていた。袋の中のもので、使用例が分らないと思う物の取り説です、と云うメモが添えてあった。
正直、恥じ入るべき状況なのだが、今の私に、そんなプライドはなかった。どれ程無知で無責任であると言われても、差し出してくれる救いの手が有りがたかった。
オムツくらいは知っているが、様々な形状の肌着類の多さに驚いた。繋ぎのような肌着まである。
意味不明のビニールシートはオムツシートと云うもので、オムツの取替えを、その上で行うと、失敗してもOKなのだそうだ。
粉ミルクも一缶入っていた。無論、哺乳瓶や消毒グッズもセットで用意されていた。
それから、ガーゼの類。小さな綿棒、バスタオル、ヨダレかけ、小さな櫛、抱っこ紐‥等。
使用方法不明のものもあったが、少なくとも、これ一式を持って、泊まりに行っても、母から無恥だと笑われる心配はなさそうだった。田沢君のお母さんに、借りがまた一つ増えてしまった。
有紀からメールが入った。
『金曜日に迎えに行くんだよね。それで、高円寺の方には、いつ行くのかな?土曜日なら泊まれるけど、泊まるなら、姉さんと一緒の時にしたいし…。あくまで、私の都合なので、姉さんの都合も入れて判断してください』
つづく
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