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終着駅423


第423章

私は、パソコンを開き、電話の中で、話している、箱根宮ノ下の旅館を検索した。

谷底に流れる渓流に沿って、二軒の宿があった。この二軒の宿とも、来年の夏には閉館になると云う話をしていたが、これだけ自然に寄り添うかたちで存在した宿が消えていくのは惜しいなと云う印象を、先ず感じた。

二軒とも同時にやめるということは、営業不振が続いているのか、自然のロケーションが、災害時に避難の手段がないとか、行政側の厳しい指導があるのかもしれない。

私は、そんな感想を持ちながら、谷底までロープウェイで降りていく、ロマンを掻き立てる宿のサイトを眺めていた。

きっと、宿自体の耐用年数が過ぎ、建て替えを余儀なくされたのだろう。そして、建て替えに要する費用に愕然として、営業の継続を断念したのだろうか、そんなことを頭に浮かべながら、宿のサイトを見ていた。

離れで、専用の露天風呂があるのは、T旅館だけだった。格式は、もう一つの宿の方が上のようだったが、静けさを求める今回の有紀との旅に格式は不要だった。

宮ノ下のロープウェイで渓谷の下に降りる宿は二つだった。たしか、松本清張が宿泊して執筆した『蒼い描点』の舞台になっているロープウェイで降りる宿だったが、残念ながら、実際に宿泊したのは、もう一つの方の宿のようだった。

この宿がある早川渓谷を確認してみると、山梨の方にも同じ名前の渓谷があった。“早川”などと云うネーミングは、誰でも思いつきそうなもので、いくぶん陳腐だなと思ったが、それは私の身勝手な解釈でもあった。

私たちが泊まる予定の部屋は離れだというのだから、T旅館のサイトを見る限り、一部屋しかなかった。

サイトの紹介では、早川渓谷ではなく、早川の宮ノ下渓谷と特定していた。宮ノ下渓谷の方が断然ネーミングが良いので、私は堂ヶ島温泉と宮ノ下渓谷と云う名前をインプットした。

残念ながら、旅館の外観は、お世辞にも風格があるとか、風情があると云った褒め言葉のそぐわない宿だった。少し、ガッカリな気分で、ページを捲って行った。

ロープウェイを降りてから1万坪の庭園が続くとなっているが、まさか、その庭園を突っ切らないと、旅館に到達できない?そんなことはないのだろう。

正直、それほど自然に興味はない。

離れで、専用の露天風呂がついている宿であることがすべてだった。3泊もするほど魅力的な宿であるかどうか、どうにも判断がつきにくかった。ただ、専用露天風呂の写真を見る限り、鄙びた風情が、何とも言えない日本情緒を醸していた。

『えっ、食事がイマイチなのか。う~ん、それは悲しいけど、ロケーション主体で選んだ宿と考える手もあるから、やはり、頼んで。……。』

『姉さんの体調が戻ったら、快気祝いで、アンタの方に泊まりに行くから。
……。
えっ、三人目の子供妊娠したの、おめでとう。
……。
私、結婚のけの字と云うか、男っ気そのものの影も形もございません。
……。
ふふふ、そう、昔の私は泡のように消えたのよ。でも、演劇が豊かな時間を沢山提供してくれるからね、特に、問題はないかな。
……。
そうね、歳も歳だから、一人くらい産んでみた気持ちはあるよ。今回の姉の出産を知って、余計、そう云う気分にはなっているかもね。
……。
もう恋愛はいいかな、そう云う面倒なの省いて、気がついたら妊娠して、目が覚めたら子供を産んでいた、そう云うのが理想だけど、それは劇中の話だから、結局産まずに一生を終えるのかもよ。
……。
人工授精?そうね、でも、どこの馬の骨か判らないのも、気味が悪いんじゃないかな。
……。
ウン、判った。また電話で知らせて、無理しなく良いからね、じゃあね』

「あのさ、その宿の食事がイマイチなんだって、どうしよう?」有紀は、電話を終え、ガッカリした顔で話した。

「私は、気にしないよ。腐ったものでも出てこない限り」

「まあ、谷の中に一日中いるのも芸がないから、日中は上に昇って、たらふく食べに行けるしね」

「そうか、富士屋ホテルも比較的近いから、あの周辺に、そこそこ美味しいお店色々あった筈だから。結婚してからは旅行どころじゃなかったけど、昔、竹村が箱根をお気に入りで、随分連れて行って貰ってたから、行けば、美味しかったお店、何となく思い出せるはずだから……」

「いわゆる、不倫旅行をしていたわけね」

「不倫旅行か、随分古めかしい言葉じゃない?」

「そうかな?いま時は何て言うんだろう?」

「今どき?……、やっぱり、不倫旅行かな。陳腐な響きだけど、それなりに厭らしさがあって良いのかな?」

「この世には男と女しかいないんだから、自然の成り行き上、そうなるのは当たり前なんだろうね。それが、咎められる世界であることの方が変なのかも?」

「そうね、不倫の倫って、倫理の倫だろうから、まあ、足枷のようなものだよね」

「倫理とか道徳なんて、どっちにしても、支配者のご都合で作られたものなんだろうから……」

その夜は、有紀とそんな話をしながら、静かな眠りに就いた。
つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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