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終着駅426


第426章

私は翌日、有紀の反対を押し切って、両親の高円寺の新居に向かった。有紀の予想通りの母がいた。

しかし、母の感情が充分に吐き出されない内に、父が帰宅した。私は救われたが、母にはフラストレーションが残された儘だった。

きっと、父が、残りのフラストレーションを引き受けるのだろうけど、一大決心で泊りに来たことで、帳消しにして貰うしかないと、しらばっくれた。

ひょっこり顔を出した割には豪華なすき焼き鍋が用意された。肉も特上の霜降り肉だったが、母は何度となく、“いつもは食べないようなお肉なんだけど”と言いながら、黙々と箸を動かしていた。

食欲は健啖なようだから、体調に不安はなさそうだった。精神的には、あいかわらずの自己中心だったが、おそらく、それがあるから、彼女は健康を保っているのだろう。

受けとめる父の精神力が続く限り、問題はないのだろう。

母の攻勢に、父の心が壊れた時には、それは大問題なのだろうが、そんな風に考えたらきりがないので、途中で心配することを放棄した。

「それで、次の入院は、何時からなの?」

「2,3週間後くらいかしら」

「随分とアバウトなのね。そう云う事は、もう少しハッキリさせておいた方が良いんじゃないの?」

「そうね、でも癌細胞の数が増えない限り、ステージが上がることもないらしいので、ゆったりと構えることにしたの」

「そう、その辺は、私には判らないから、口出しはしないわ。ところで、赤ちゃんのことだけど、育児を他人に任せるって、それって大丈夫なの?」

「あぁ、育児の件ね。私が産んだ子供の場合、単なる未熟児だと云うだけではなく、幾つか心配な内臓機能の働きを観察しなければならないので、その辺の知識を備えている人に頼むのがベストだと、担当の先生に言われて、それに従ったの」

 「普通は、実家の母親に預けるのが自然だから、チョッと変だと思ったけど、そういう事情があるのなら仕方がないわね」意外に母は物わかりの良い言葉を返してきた。

「私だって、初めはそう思っていたけど、思いがけない早産じゃ、もう病院の指示通り、それしかなかったから……」

「良いのよ、なにもアンタの所為ってものじゃないんだから。ただね、そういう事情があった事を、私が承知しているかどうか、そこが問題だったのよ。他人は、赤ちゃんを、私に預けないのは、私と娘であるアンタとの関係が悪いんじゃないか、そんな噂を立てる人もいるからね。事前に、然るべき情報を流しておいた方がうるさくないと思ってね……」

母は彼女なりの理屈を並べて、着地点を見出した。私も、その問題を蒸し返すつもりはなかった。

「まあイイじゃないか。オマエだって身体が必ずしも丈夫なわけでもないのだから、子供の世話で、身体でも壊されたら、お互いに不幸になるだけだ。世間様が何を言おうと、我が家の事情ってのが優先だよ。それで、涼、治療は抗がん剤の投与と云う線なんだろうね?」父が、大きく話題を変えてしまえと言わんばかりに、今後の治療の話に持って行った。

「そのようよ。あまり、深くは聞いていないの。だいたい、やるべき治療は決まっているからね。後は、私の身体が、一回の抗がん剤治療で効果を表すか、或いは、二度目の投与が必要になるか、それは現時点では、医者にも判らないことのようだけど……」

「それこそ、天のみぞ知るってことか」

「そういうことになるみたいだわ。調子の良すぎる人生だったから、チョッと神様に悪戯されている最中なんでしょうね。ここを乗り越えれば、また、順調が戻ってくる。そんな気持ちでいるのよ」

そんな会話に、母は何故か口を挟まず、“アンタの寝床を作らないと”と立ち上がった。

私は、圭の死に加え、オマエにまで先立たれたら堪ったもんじゃないと、天に向かって挑んでいるような母の背中を、目で追った。その背中には、怒りと同時に、母親の肝っ玉がドンと構えていた。
つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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