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終着駅429


第429章
 
有紀とふたりの三泊四日の箱根の旅は、一時の安らぎを与えてくれた。シーズンオフのお陰で、他に宿泊客はいるのだろうかと訝るほど静かだった。

性的なニオイもなく、互いに、読むことが出来なかった本のページを捲り、時おり、どちらからともなく他愛のない会話を愉しんだ。

宿の食事は、取り立てて褒めるほどのものではなかったが、苦情を言う程でもなかった。

昼食を、箱根周辺のグルメ・ガイドを片手に、食べ歩きをした所為か、宿の食事を給食のお弁当に位置づけておいたのが功を奏した。

谷底に位置する、その隔絶された宿。まして、その離れとして用意された私たちの部屋は、まさに静寂そのものだった。

時々、ページを捲る音、専用野天風呂の天井から落ちる湯のしずくが、わずかな動きを、表現していた。

宿専用の一本のロープウェイが、日常と隔絶した宿と、僅かに日常を感じさせる箱根の町を繋いでいた。

有紀も、旅の終わりの列車の中で、日常の猥雑さのようなものに、もっと目を向けた作品を書いてみたい、と自分に言い聞かせるように呟いていたのが印象的だった。

彼女なりに、「蒼い描点」とは異なる作品を、いずれ見せてくれる気力を目に滲ませていた。

私は、その三泊四日の間に、自分の意志だけで、自分の人生をハンドリングしようと云う感覚を捨て去る気になっていた。

理屈では、どうにも制御できないことの連続に、苦悩したのは、自分ですべてをコントロール出来ると考えていた、自分の思い上がりが、脆くも運命によって覆された事実を確認していた。

殊更に抗う必要もないことまで、抗って生きてきた自分が、馬鹿じゃないのかと思える出来事を経験することで、運命に添って生きる、人間の知恵の力を感じていた。

そう云うものを、考えた上で行き着くのではなく、考えずに行き着いた人々を、蔑んでいた自分に幾分呆れながら、遠回りはしたが、大きな部分で、運命をひっくり返すと云うのは、人間の力では無理なのだと、いくぶん納得の境地に入っていた。

考えてみると、圭も美絵さんも、運命に添って生きることを理解しない内に、自ら命を絶ってしまったように思えた。酷く残念なことだが、もう手遅れだった。

自意識だけで生きると云う事は、見た目はアグレッシブなのだが、張りつめた琴線のようなもので、無謀な外部からの刺激や暴力で脆くも切れてしまうものなのだった。

ゆるゆると、だらしなく生きていくことは、時に自尊心を傷つけることはあるだろうが、逞しくもある。

一児の母になった以上、これからは、緩くしなやかに、時にはだらしなく生きるのも、生き方の一つだと理解出来る心境になっていた。

私自身が、そのような生き方に、全面的に依存するのは無理だとしても、他者をみつめる時には、そのことを忘れないようにしなければと思った。

許容と云う概念が存在するのは、きっとこう云うことに違いなかった。そんな風に考えていくと、母への思いも、幾分和らいでいた。
つづく

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プロフィール

鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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