第433章ファミレスSに着くと、金子弁護士が奥の席から手を振っていた。
“お一人ですか?”と云う、ウェイトレスの問いに、“連れが来ています”と金子の方を指さした。
「お子様の具合の方はいかがですか?」
「お陰様と云うか、想像以上に順調に育っていて、あと一週間くらいで、めでたく保育器から脱出できるそうです」
「幸先の良いスタートです。それは、一安心です。それで、貴女の方の治療は?」
「えぇ、あまり、急ぐ必要もないらしいのと、私の体調の回復具合を見た上で、始めるようですので、数日は、赤ん坊と一緒に過ぎせそうな段取りです」
「そうでしたか、たしかに、人に預ける前に、チョッとでも、親子のスキンシップがあるってのは、気分的なことでしょうけど、何だか安心ですからね。まあ、科学的根拠はないのでしょうけど、何となくの感じですけど……」
「えぇ、私も、そんな風に思ったので、2、3日で良いから、育児のママゴトくらい味わってから、治療に専念したいなって、さっき、病院の方で段取りを決めてきました」
「そうでしたか、そりゃなによりだ。治療終了後、育児に関わるにしても、経験ゼロより、ずっと気が楽ですから……」
「えぇ、そうだと思います。それに、一日で良いから、実家の両親にも、孫の存在を実感して貰えたらって思いまして……」
「そうでしたか。それは、特に良いことのように思えますね。僕は、竹村氏側の弁護士ですから、竹村家中心に動くだけですけど、奥さんが、あまりにも竹村家の側の人間として動き過ぎているので、ご実家のご両親は、どう思っているのかなって、幾分気にはなっていたものですから……」
「えぇ、私も、気になっていました。実家も、弟の事件とか、その後に続く、家の火事とかで、慌ただしくしていたので、何となく、疎遠になっていましたから。それに、母と私たち姉妹、あんまり相性が好くないことも手伝って、ついついですね」私は、くすぐったく微笑んだ。
「あぁ、あのお母さんですね。たしかに、竹村氏の通夜の最中でしたか、お父さんに、何だか理不尽な不平を訴えているのを目撃しましたから、相当難しい方なのかな?と思ってはいましたけど……」
「そうでしたか。悪人ではないのですけど、何と云うのか、間違いだらけの善意と独善を抱えている、そういう感じの人なんです。母を制御できる人は、唯一父だけですから、どちらかと云うと、父にお任せって雰囲気の家庭なんです。時々、父へのリップサービスは忘れないようにしていますけどね」
私は、金子に、ここまで話しても良いのかと思ったが、顧問弁護士として、将来的におつき合いする以上、多くの情報を共有して貰っておく方が、何かと都合がいいと判断していた。
「そのお母さんにも、お祖母ちゃんになった実感を味わって貰える、そう云うことですね」
「そう云うことになります。先日、新居のマンションに顔を出した時、わざわざ、妹と私の部屋を用意していたのには吃驚したのですけど、さらに、私の部屋には、ベビーベッドまで、用意されていました。以前の私だったら、嫌みなことをするものだと、怒り出すところでしたが、逆に、不器用な母に対して、幾分同情的気分になりましたから……」
「そうでしたか。きっと、奥さんの方の環境のようなものが、影響したのかな?」
「どうなんでしょう、今の時点では、自分でもよく理解はしていませんけど、竹村と結婚して以降の、様々な体験が、私に、何ら影響しなかったって考える方が不自然なのは、たしかだと思いますよね」
「人が、一段と大きくなるのを目撃するのは、いい気分ですよ。きっと、これからも、奥さんは、経験を肥やしに、凄い人になって行くような予感があります。顧問弁護士を続けさせて貰って、感謝していますよ」金子弁護士は、真顔でそんなことを話した。
つづく
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