第20章俺は、女の誘いに乗って、初めてのコリアン街の散策を愉しんでいた。
女の下男を演じて、買い求めた品々が乱雑に入ったビニール袋をぶら下げ、三歩後ろに従っていた。
女は、大量に買い求めた肉や野菜は、今日中に届けてよと、店員に言いつけていた。かなりの馴染客のようだった。
その購入行動から、家庭の食料品の買い出しは思いつかなかった。女が、食物屋の買い物をしているのは明らかだった。
「終わったわ。買物助手がいると、こんなに楽だとは思いもしなかったわ」
「いや、僕も初めて、この街の空気が味わえて、有意義でしたよ」
「まあ、有意義だなんて、大袈裟よ。でも、貴方は、あまりにも多くの買物をする女だと、怪しんでいるんじゃないの?」
女は、俺がぶら下げているビニール袋を半分奪い取ると、揶揄っているにしては、色っぽい目で微笑んだ。
「途中から、これは家庭の買い出しではないなと思ったよ。あまりの量だからね」
「分かるわよね。50人住んでいる家族なんているわけないもの」
「そう、精々5,6人で多い方だろうからね」
「今日買ったのは、二日分のお店の食材。なに屋さんか、察しもつくでしょう?」
「貴女からは想像しにくいけど、買ったものを見ている限り、焼肉屋さんだけどね」
「そう、私は、焼肉屋の女将さん」
「へぇ、それはお見逸れしたな。貴女と焼肉屋さんを結びつけてイメージ出来る奴はいないだろう」
「家と云うか、お店から離れた時だけが、私の時間なのね。だから、日常と違う自分を味わえる、唯一の時間なの……」
「お店は、お一人で切り盛りしているの?」
「いえ、家族総出よ。もっとも、最後まで仕事をしているのは、私だけだけどね」
「途中から、家族は抜け出してしまう。そう云うこと?」
「それなら、清々するけど、店で酔い潰れてしまうの、ふふふ、ホント酷い父と兄なの」
「店の酒を飲んじゃう、そういうこと?」
「お酒は、お店のものだけど、お代はお客様持ちだから、正確には、お客様のお酒かしら……」
「面白いね。じゃあ、お父さんとお兄さんは、ホストみたいなものだ」
「ホスト?とてもそんな風には見えないわね。街のチーマーと、そのなれの果ての祖父さん、そんな感じにしか見えないけど……」
女は、店で酔い潰れる父親と兄の姿を、目に浮かべているように遠くを見つめた。
つづく
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