第18章「随分、お疲れのようですわね」女は、揶揄ように、声をかけてきた。
偶然に過ぎないのだが、シャネル・スーツの女が、肩越しに火を提供したことに、ひとま開けて気づいた。
あの時同様、シトラスの香りが鼻腔をくすぐった。
「あぁ、どうもありがとうございます」俺は、女の揶揄には反応せず、ありきたりの礼を丁重に返した。
「そちらの席に、移っても構わないかしら?」女は、俺の返事など、どうでもいいといわんばかりに、自分のテーブルに出ていた紅茶のカップを手早く移動した。
そして、俺の正面に落ち着くと、脚を組んだ。
ひざ丈のタイトなスカートから、誘うように肉感的太腿が半分ほど露出して、俺に挑戦状を突きつけているようだった。
俺は、絶対に、女の下半身に視線を向かわせないように、強く自分に言い聞かせたが、自信があるわけではなかった。
「新宿から、ご一緒でしたわね」女は、断定的に話した。
たしかに、俺は、女の小気味好い尻の動きに誘われて、山の手線の外回りに乗ったのは事実だった。
しかし、そのあと、同じ車両の、ひとつ間を置いたつり革に、透き通るような指先をあて、接近したのは女の方だった。
しかし、その後の経緯から行くと、偶然に過ぎないが、俺が女を追って、ルノアールに入ったと云う結果論が残った。
「すみません。あまりのプロポーションに見惚れて、誘い込まれてしまいました」
俺は、悪戯を見つかった子供のように、意識的に、素直に自白した。
その方が、好意的流れの展開が期待できた。
そして、この俺の意図を察した女が、同じような目的であれば、話に乗っても良いわよと、調子を合わせてくれるかが勝負どころだった。
「あら、随分素直にお認めになるのね?」女は、満足そうに、ティーカップに口をつけた。
「そう。つまらない意地は張らないことにしています」
俺にしては、相当に皮肉な口元をつくって、答えたつもりだった。
「意地や見栄を張らない男って、ときに、意地汚くも見えますけど」
女の方も、かなりの皮肉を籠めた言葉で応じてきた。
「いや、本当のことを言っただけで、特別、いま、貴女に意地を張る必要はないのかな、と思いましたからね」
「あら、だったら、意地とか見栄を張りたくなるような関係になれば、貴方の態度が変わるってことかしら」
そこまで話して、女は初めて煙草のパッケージをバックから出した。
渋いブルーのバックは、おそらくバーキンだった。きっと、200万前後するのだろうが、持ち慣れた雰囲気があった。
「変ったタバコですね?」
俺は、女の手から、パッケージを取り上げて、名前を確認した。
BEVELという銘柄の煙草だったが、見たことも聞いたこともない。
「これは、ベヴェルと読むのかな?」俺は、丁重にパッケージを女の手に戻した。
「外国たばこのようだけど、JTの製品なのよ。一本、お吸いになります」
女は、グレーっぽい細身のパッケージを、バッグに戻さずに、差し出した。
つづく
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