第84章 兄貴からの連絡が先だった。
「えっ!二時間くらいで帰って貰ったって。つまり、午後三時くらいには警察署を出たということ……」
「いや、家は新宿だからね、三十分とかからない筈だから、どこかに行ったのだろうか……」
「えっ、男のところにでもって……、まぁそう云う人じゃないとお姉さんは言っているけどね。いずれにしても、ありがとうございます。早速、相手方に知らせますよ。助かりましたよ、恩に着ます。これで三つ借りですね……」
「えっ、五つだって。そんなに借りていましたか……」
「ハイハイ、五つですね。了解です」
俺は早々に電話を切った。話している間に、貸していた案件を兄に思い出されてはたまらないので、電話を切るのが得策だった。
兄貴と俺の関係に思いを馳せている時間はなかった。いま、想像以上に重大な危機が迫っている事を忘れようと、つまらぬことを考えたが、悪い想像は見る見る膨らんでいた。
まさか、午後三時から十時過ぎまで、物見胡散する環境に敦美がいないのは当然だった。
つまり、敦美が何らかのアクシデントに見舞われたと考えるのが妥当だった。
まず頭に浮かんだのは、交通事故に遭遇した場合だ。この場合、敦美夫婦の自宅に電話が入るに違いなかった。
しかし、夫は殺されたばかりで、誰も電話に出ることはあり得なかった。
そう云う場合、携帯に残されている片山姓のアドレスに電話をかけ、状況を伝えることがあるだろうが、夫である片山亮介が殺された事実を知り、今頃、アドレスに片っ端から電話をしている最中なのかもしれなかった。
しかし、だとすれば、通話履歴から、直近に電話をした人物に、敦美に関する事情を聞くのが筋だった。つまり、俺に真っ先に電話が来るのが当然だった。
しかし、俺の携帯は、電源も入っているのに、兄貴からの電話以外、一度たりとも鳴ることはなかった。
案に相違して、敦美が、種々雑多な相手に電話をしまくっていたとしても、当然、俺の携帯に確認の電話が入って良い時間だった。
ということは、敦美が事故に遭遇した可能性を排除することが出来た。
では、どういうことが考えられるのだろう。自ら、俺に連絡を取ることを取りやめた可能性だが、少なくとも俺の知る限り、敦美が自らの意志で、連絡を取ることを放棄したとは考えにくかった。
ということは、何らかの事情で、敦美は、ホテルにも戻れない状況であり、電話で連絡も出来ない状況にあることを示していた。
拉致監禁か……。
こう云う場合、夫の片山亮介の殺人事件と関連した拉致監禁と考えるのが妥当だった。
まして、妻である敦美は、資産家の娘だったわけだから、拉致監禁などをした上で、金品を脅し取る可能性は充分あった。
しかし、金品を脅し取る相手は敦美本人以外にいないのだから、誰かを強請ると云うことは出来ないわけで、単に、敦美から金を強請り取ることで完結してしまう。
つまり、敦美の失踪は、彼女以外の第三者は不要な出来事だった。
この調子だと、ベラボーなホテル代を、自腹で精算しなければならない羽目になった自分の不幸を呪いたい気分だったが、腹を決めるしかなかった。
財布の現金は数万円だったが、カード決済という手があるのだから、怖れるには当たらないが、少なくとも愉快な気分ではなかった。
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