第28章 課長が私を待ち受けていた。S社の役員らとの会食が急遽今夜になったので、私にも出席して欲しいという用件だった。
気の進まない会食だったが、断れる立場でもなかった。S社の常務の滝沢と云う男が、執拗に迫ってくるのは目に見えていた。
無論、完全に断るわけだが、断るまでの間、執拗に身体を触られるのが嫌だった。上場企業の常務といえども、一皮むけば、ただの助平な中年男に過ぎないのだが、無碍な断り方で、不興の煽りを業務上蒙るのも都合は良くなかった。
私は、こういう事態に、時々見舞われる。その嫌らしく触られる状況を逃れる方法として、物理的手段を用意していた。一つは、硬めのガードルを穿いて、股間を防御しておく。
次に、ブラジャーの中にシリコンの詰め物をして、触られている感触をなくしてしまう、という専守防衛に努めた。今夜もその武器の出番だった。映子と鉢合わせしないために、私は早めにロッカールームに入って、それを身につけた。
ブラジャーの中に入れたシリコンが、一段と胸を強調していた。出来たら、シリコンじゃなく、セラミックの乳あて鎧でもあると良いのに等とバカバカしい事を考えながら、服の上から揉んでみたが、触られている感触は大分遠のいた。
ガードルの方が断然硬さを感じる。これでは、股間に手を挿し込んでも、その指先は無機質な何かを感じるだけに違いない。出来ることなら、手術用のゴム製の手袋もして行きたいところだが、手だけは治外法権にするしか方法はなさそうだった。
案の定、S社の常務はグラスのピッチを上げ、早々に酔ったフリをして私の隣の席に陣取った。そして、この案件が継続できるのは、専ら我々勢力の推進のお陰であり、アナタ方は感謝すべきだ、みたいな話をしながら、さり気なく膝のあたりに手を伸ばしてきた。
柔い生地のスカートは、足を触られる限り、防御の手段は殆どなかった。私は、腿用のガードルがない事を怨んだが、太腿も手と同じだと、上の空を装い、常務の好き勝手にさせていた。最後の砦は守られている、そのことだけに意識を集中した。
そして、腿のつけ根からデルタ地帯に手が伸びたとき、その指先には“ガッカリ”と云う動きが歴然と表れた。常務の顔にも、“なんだガードルじゃねえか!”と云う怒りのような、怒りを抑え込もうとするような、複雑な表情が現れていた。
一次会は二時間ほどで済んだが、後半の40分間近くは、スケベ常務の魔の手との闘争だった。その間に、二度も頬に、臭い息を吐く唇でキスをされたのは不覚だった。
この次は、特別に厚手のファンデーションを塗りたくってやろうと思った。前もって、二次会には行かないと課長に断ってあったで、挨拶もそこそこに、会場の料理屋を抜け出した。
そのまま帰る気分でもない私は、新橋の雑踏の中で一番明るく見えるケーキ屋さんに入った。
“十時閉店ですけど、よろしいですか?”
健康そうな赤ら顔のウェイトレスが声をかけてきた。思わず、時計を見ると九時をかなり回っていたが、構いませんと答え、モンブランと紅茶を注文した。一瞬にしてモンブランがお腹に中に消えていった。
「すみません、イチゴのショートケーキも頂けますか」私は、もう客の居なくなった店内で、大きな声で注文した。
奥の方から、“ハーイ”と云う声が届いた。考えてみると、接待の席で、食べ物を口にした記憶がなかった。
…クソ、あの常務野郎、復讐してやる…
私は愚にもつかないことを思い浮かべながら、ショートケーキを味わいながら、ゆっくりと食べた。そしておもむろにスマホをバックから出して、メールを確認した。
つづく
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