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終着駅29-2 誰も寝ていないベッドが…


 第29章-2

 五十歳になったばかりの副社長、竹村主税は、わが社にとってエリート中のエリートだったが、男としての魅力も豊富に備え、少しだけセクシーな中年男性だった。

 プロジェクトの難題を、幾つもの解決策をサジェスチョンする時の独創性は、全員が小澤征爾の指の動きに合わせて楽器を奏でる魔術に掛かったように、同調的に動いた。

 酒豪だったが、乱れることはなかった。時折、一緒に次の目的地まで急ぎ足で歩いているにもかかわらず、甘味やを目ざとく見つけ、“チョッと食べていこう”と無邪気な顔で“みつ豆”を貪る姿は、子供っぽく、そしてセクシーだった。

 当時の私は、24時間竹村の魔術から抜け出すことなく暮らしていた。そんな私が、竹村に抱かれるのは自然の成り行きだった。特に、竹村と寝ることが出世に結びつくことは考えていなかった。単に、セクシーな中年男が、どんなセックスをするのかという好奇心に誘われた感じだった。

 そんな或る晩に、プロジェクトの有力クライアントで、好感触を得ているS社の接待を終えて、ホテルのバーで一息ついていた。

 そのバーは珍しく、深夜お腹の空いた客用のミニステーキを出すバーとしても好評だった。二人は黙々とステーキでお腹を満たし、一仕事終わらせた安堵感を共有していた。

 二人は、アルコール類を口にする気はなかった。お互いにジンジャーエールを注文し、無言だったが共通の感慨を持つ同志のような雰囲気で、カウンター内できびきび働くベテラン・バーテンダー指先を追っていた。

 「滝沢君もよく頑張ってくれたね。感謝しているよ」副社長が、ぽつりと口をきいた。

 「無」のような時間の中で、ぼっとしていた私は、その言葉に、どのように反応していいのか判らず、無反応だったかもしれない。少し、恥じらいの表情を見せていたのかもしれない。或いは、科(しな)をつくっているように竹村には見えたのかもしれなかった。

 「今回のプロジェクトも目途がついた。どうも、僕は見通しがはっきりしてしまうと、エネルギーが萎んでいく男なんだよね」副社長は、特に私に話すと云う感じではなく、独り言のように呟いた。

 「何て言うのかな、肩の荷が降りた途端に、気力が半減してしまう。いまだに、この性格は変わらんね。母親から、手厳しく言われ続けて、50年だよ」

 私は、つい“プッ!”と吹き出した。

 「あぁすみません。だって副社長が、子供のような愚痴をこぼすなんて、何だか可愛い感じがしちゃって」

 「案外、男ってのは、無邪気なものだよ。仕事だって、一種オモチャのように扱う習性があるから、夢中になれるわけだよ。オモチャだから、必ず、或る段階で飽きる、そう云うものなんだな」

 「そうなんですか。だったら、副社長は、今回のプロジェクトにも飽きがきている?そういうことですか」

 「そだなぁ、滝沢君に向かって、こういう言い方は不謹慎だけど、幾分その傾向はあるかもしれない。俺自身は、会社のためとか、そういう感じで仕事をしたことはないからね。あくまで、仕事の請負人のような心境でしか、仕事はしていない。だから、この仕事の次は、どんな仕事が注文されるのか、その注文を待つ心境に幾分傾いている…」

 竹村の目が遠くをみつめていた。私は、ロマンを追いかける男の姿を目撃している気分だった。そして、この男の腕に抱かれてみたい衝動を憶えた。

 竹村ほどの世慣れた男にとって、私の心の動きは、完全ではないにしても、かなり読み取ることは可能なのだろう。

 「今夜はすっかり疲れてしまった。僕は、部屋をとって、今夜はここに泊まるよ」竹村は遠回しに、私を誘惑してきているのだと思って身構えた。

 「滝沢君はどうする?帰るなら、玄関まで送るし、泊まるのなら、部屋を取ってあげるけど…」

 誰も寝ていないベッドが、Tホテルのシングルルームにあった。その部屋の宿泊客は、違う部屋のツインルームの宿泊客になっていた。

 そして、出社に間に合うように、朝方、シャワーを浴びるだけの贅沢な宿泊客は、何事もなかったように、徒歩で会社に向かった。

つづく

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鮎川かりん

Author:鮎川かりん
小説家志望、28歳の女子です。現在は都内でOLしています。出来ることなら、34歳までに小説家になりたい!可能性が目茶少ないの分ってっているのですけど、挑戦してみます。もう、社内では、プチお局と呼ばれていますけど…。売れっ子作家になりたい(笑)半分冗談、半分本気です。
初めての官能小説への挑戦ですけど、頑張ってみます。是非応援よろしくお願いします。

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