第29章-1 これといったメールは入っていなかった。明日になれば判ることだけど、有紀が美絵さんから告白された話をでっち上げる理由はなかった。
何らかの状況で、美絵さんが、圭の行動に不信を持った可能性は、ゼロとは言い切れなかった。圭は、美絵と云う女性を見くびっている。彼女はそれ程馬鹿な女ではない。意外に取扱いが厄介な女なのかもしれない、と私は思った。
母に、圭の件で電話をしてきたのも、幾分突飛だったし、私に連絡を入れてきたのも、突飛と言えば突飛だ。あの時は、圭に首ったけの婚約者と云う評価でディスカウントしたのだけれど、杞憂と想像力の亡者のような女であることも、考慮に入れておかなければならないと思った。
仮に、圭が何らかの不注意をしたとして、その不注意の推理の行き先が、私にたどり着くのも突飛な想像だった。たしかに、その想像はピッタリ当たっているのだけど、美絵の想像力が、それ程たしかと云うのは考え過ぎだろう。
おそらく、圭の周辺を嗅ぎまわっても、出没する女が、私や母や有紀だけに辿りつくのだろう。つまり、圭が私以外とは、変な関係がないと云う事だけは理解できた。しかし、そんなことが知りたいわけではない。
ただ、何かにつけて、圭が私の名前を持ちだす可能性はありうる。その何気ない言葉が美絵の勘どころに強烈な刺激を与えていることは、想定できた。
子供のころからの習慣が、美絵と結婚したことで、消え去ると考える方が安易なのだろう。私は、そこまで考えて、そのような想定で、この問題への対応を考えなければと思った。
事実関係は、時には違うかもしれないが、当面そう思うことで、不安定な状況からは脱した。
私はそのような自分の危機脱出法が、百発百中でないことは知っていた。そのように思いこむことで、或る平穏な時間を確保することは悪くないと思っていた。その仮説が崩れても、まったく慌てないためにも、このような精神的防衛は有効だった。
想定問答に強いと云う評判があるのも、このような性癖が功を奏している結果であり、三十歳になる前に主任に抜擢された理由の一つだと自信を持っていた。男子社員を含めての早期主任就任は、やっかみ半分の噂も生みだした。
しかし、その噂は一定の事実を言い当てていた。正確性には欠けていたが、一部当たっていた。現在は定年退職した高木部長の依怙贔屓で、私が主任に抜擢されたと云うものだった。
その噂は、部長が私を贔屓にした理由は、私の女の武器に籠絡されたと云うものだった。しかし、依怙贔屓された事実は事実だが、相手は部長ではなかった。その点では、退職した高木さんには迷惑を掛けてしまったと、今でも気が引けている。
尤も、高木さんも、役員になれるかどうかの瀬戸際で、自分を売り込むために、私を半ば利用しながら、副社長に接近していたわけで、最終的には、単に役員レースに負けただけの男に過ぎなかった。
しかし、その売込み中に、私を副社長のプロジェクトに参加させてくれたのは高木部長だったので、その点での感謝は無碍にも出来ない。
ただ、副社長のプロジェクトで、副社長の秘書的業務に携わった私が、副社長の毒牙に掛からない方が奇跡に近かった。
つづく
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