第419章「有紀さ、長期休暇なんて取れないよね?」
「えっ?」
「そう、長期休暇」
有紀は、唐突な私の質問の意味を咀嚼するために、しばし、沈黙した。そして、意味を理解したらしく、話し出した。
「そういえば、劇団の仕事って、設立以来、一度も休んだ記憶がないな……」
「長期っていっても、数日で良いんだけど……」
「うん、姉さんが言おうとしていること判るよ。言われてみると、色んな意味で、人生、チョッと立ちどまってご覧なさいって、誰かに言われている感じだよね……」
「私はそうだけど、有紀まで引き摺り込むのは良くないかなって思ったけど、聞くだけ聞いてみようと思って……」
「たださ、姉さんにこれだけ色んなことが起きているのに、なぜ、私の方には何も起きないのかなって、奇妙な感じはあったのよ。不公平と云うか、自分で気づかない、環境の変化が、実は私にもあるんじゃないかって、ね」
「無理に、変化なんて探さなくても、何時かは、来るときは、来ちゃうんじゃないの?」
「うん、そうも思うけど、転ばぬ先の杖とか、自分自身で選択しなければならないこととか、結構、先送りしている事もあるよな~って、敢えて聞かれれば、あるわけ。ただ、いつでも考えられるとか、選択できると思うから、考えることを先延ばししているとかね……」
「有紀にも、そういう選択問題ってあるわけなのか……」
「何時でもいいと言えば良いんだけど、やはり、年齢とかも含めると、リミットはあることはあるのね。そういうこと、考えないようにしていたから……。そうだね、後、4,5日で、次の公演の準備は終わるから、休もうと思えば、休めるんだなって、考えていたの」
「無理でなければ、一緒にどこか小さな旅に出たいかなって、何となく思っただけなんだけど……」
「良いよね、姉さんと二人で旅行に行くなんて、生まれて初めてだよね?」
「アンタが幼稚園の時、一度だけ隣町まで、バスに乗って行ったことがある。有紀は記憶していないかも」
「全然、記憶の片隅にもない。本当に、そう云うことあったんだ?」
「うん、アンタったら、バスに乗って、家が遠くなるにしたがって、痛いくらい私の手を握っていたんだから」
「え~っ、そんなことあったのか。でも、どうして、バスなんかに乗ったの?」
「母さんが、隣町の病院に入院した時だったと思う」
「なに、私たち、母さん恋しさに、隣町まで行ったわけ?」
「違ったと思う。たしか、母さんが、父さんに、何か欲しいと連絡してきて、それを私が届けることになった、そんな感じだったような」
「それで、私も連れて行って貰ったわけ?」
「連れて行ったと云うより、ついてきた、かな?」
「駄々捏ねたわけね?」
「そうだったと思う。でも、家にアンタだけ残していくのも、私は駄目かもと思って、連れて行った気もする。その辺のいきさつは覚えていないけどね」
「へえ、そうなんだって感じの話ね。でも、母さん恋しさに、連れて行ってくれって泣きだしたんじゃなくて良かった」
「大丈夫だよ、アンタの母さん嫌いは筋金入りだから。記憶では、幼稚園に入る頃には、有紀は、母さんを他人のような目で見ていたから……」
「どうしてなのかな?」
「どうしてなのか、私にも判らないけど、有紀の記憶が記憶として残る年齢の時に、圭を産んだ後、随分長いこと、母さんが、自分の実家に帰っちゃって、居なかつた所為じゃないのかな?」
「そんなに長く、母さんはいなかったわけ?」
「半年くらいだったと思うけど、多分、有紀が、一番人間として成長する時期と重なっていたのかも。よくは判らないけど……」
「そうか、そう云うことあるかもね。分った、私も、姉さんと旅行したくなってきた。明日中に、スケジュール組むけど、姉さんの方の都合はどうなっているの?」
有紀と私は、7日後を目標に、湯治場のような温泉に行くことを決めた。言い出した私をさて置いて、有紀が旅行のスケジュールも任せてくれと云うので、素直に了承した。
つづく
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