第82章たしかに、美絵さんが、相手の男を殺してしまった方が、余程すっきりしたストーリーだった。我々の推理力が生みだしたシナリオでは、美絵さんが、男を殺してしまう方が、全員を納得させるものだった。
殺人罪で起訴されるだろうが、実刑を受けるかどうかギリギリの判決になる可能性さえあったのに、彼女は自分の死を選んだ。そのような選択をしたことで、圭にも悩みを残したし、私たちにも悩みを残した。ある意味で、実の母にも悩みを残して、彼女は消えた。
仮に、私たちの妄想が、事実の一部と重なっていた場合、美絵さんの自殺と云う選択は、私たち兄弟姉妹に贖罪を置き土産にした。その行為が、彼女の意図でなされたのか、その辺は永遠に判らないのだろう。
「私たち、仮説で盛り上がっちゃったけど、真実は判るのかな?たとえばさ、美絵さんの携帯も持って行ったらしいから、送信履歴とかから、脅迫の事実が判るんじゃないのかな?」有紀は、なみなみとグラスを満たしていたワインを半分ほど飲むと、煙草同様に否応なく、私に押しつけてきた。
「そうね、ここから先は、その時次第だよね。圭からの連絡を待つしかなさそうだわ。ワイン、まだ飲むの?」私は飲みたくもないグラスを有紀の目の前で振ってみせた。
「もういらない。姉さん要らないなら、サイドの上にでも置いておいてよ。私、もうダメ、寝るからね」有紀は、宣言するやいなや、私の返事を待たずに眠りに落ちた。
なんて勝手な妹だと思ったが、これが有紀と云う女の特長なのだから、今さら、文句を言っても始まらなかった。ある意味で、これ以上の推理の連鎖は意味をなさない区切りにもなった。
朝になると、有紀は、いつものように珈琲を飲むと、そそくさと部屋を出ていった。私は、ベッドの中で、その物音を聞きながら、ウトウトしていた。また3時間も寝ないで有紀は過密なスケジュールの中に飛び込んでいくのだろう。
テーブルに置手紙があった。『なにか進展や変化があったら、メールで知らせてください。ここしばらくは、東京周辺での仕事だけだから、いつでも夜中なら顔出せるから。有紀』
有紀も奇妙な言動のある女だけど、芯の部分では真っ当な神経が働いていることに安堵しながら、自分は真っ当なのだろうかと、逆に不安を憶えてが、敢えて考えることを放棄して洗面所に向かった。
会社に少し早目に出社すると、映子が既にコーヒーやお茶サーバーの準備をしていた。
「おはよう。昨日はごめんなさいね」
「あら、良いんですか出社して来て」
「検視とかになったので、通夜も何も予定が立たないのよ。あらためて忌引き休暇を出すけど、その時は宜しくね」
「そうなんですか。簡単に自殺として処理されないものなんですね」
「ケースバイケースだろうけど、若いし、病気があったわけじゃないから、警察も慎重なんじゃないのかな」
「そういうものですか。それにしてもご愁傷様です」映子が堅苦しい顔つきで、定番の挨拶をした。私も、色々お騒がせして…ゴニョゴニョとくぐもって挨拶を返した。その日は、午前中いっぱい、ご愁傷様への返礼と、前日のケアーに費やされた。
漸く一仕事から解放されたのは午後二時を回っていた。私は遅めの昼食をとるからと告げて社を出た。あまり食欲がなかったので、お蕎麦屋さんに入って、ざる蕎麦を注文した。
お蕎麦をあらかた食べ終えた時、携帯が鳴りだした。
「どうして、直ぐ知らせてくれなかったのよ」携帯を耳に当てると、早速母の怒りのシャワーが耳元に届いた。
「すぐ後から電話するから、チョッと待ってて」私は、兎に角電話を切った。
すっかり実家の両親のことを忘れていた。一瞬拙かったと思ったが、直ぐに立ち直った。どうして私に連絡の義務があるわけ?その訃報を知らせるのは圭でしょう?どうして私が、母から怒鳴られなければいけないの?
私は、理不尽な電話は母の方がお門違いをしていると結論づけて、再び食事に集中した。もう二口しか残っていない蕎麦が中々喉を通らなかった。母のことはどうでも良いのだけど、圭がどうしているのか気になった。
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