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第149章
寿美と別れ、家に向かって走っている車の中で、その電話は鳴った。
週刊S誌の編集長からの電話だった。
すかさず、“ジャズバー静”を指定した。
上野の突然の死に関して、社としても状況の把握が必要で、出来ることなら、上野の掴んだ情報を記事にしたい、という一件での電話だった。
週刊Sの編集長として、腹を決めるためにも、上野が書きあげたゲラの信憑性を確認したいので、会って話を聞きたいということだった。
“知らない”と俺は断ることも出来た。しかし、俺の情報で、上野が殺されたのは事実だろうから、責任を感じないと言い切る自信はなかった。
週刊Sの編集長が動きだした以上、情報のネタ元を漏洩するようなことはあり得なかった。それに、俺自身を、ネタ元にするつもりもなかった。
週刊Sの編集長は、長身痩躯な五十がらみの男だった。
“S出版取締役・週刊S編集長・大谷雄一”と云う名刺がテーブルに置かれた。
“饗庭龍彦”の名刺に、肩書はなかった。
「上野さんの事件の捜査に進展は」
「いや、警察からは、事情聴取は受けましたが、ご存じのように、あちらは聴取するばかりで、捜査の情報は都合の良い時だけ公表するだけですから……」
「まぁ、そうでしょうね。それで、上野さんの原稿の真偽を確認したいと云うお話ですけど、どのような事実関係でしょうか」
「えぇ、本来、生の原稿をお見せするのは憚られるのですが、今回の場合、当週刊誌の記者が、不審な死を遂げたわけですので、特殊事情と云うことで、饗庭さんに読んでいただき、感想を聞かせていただきたいんですよ。無論、饗庭さんが、昔は有能なトップ屋として、多くの記事を書かれたことを承知の上です」
大谷は、使い慣れた黒革の鞄から原稿の束を引き出し、俺に手渡した。
一瞬、上野のぬくもりを感じたが、原稿を抱えていた大谷の温もりかもしれないと、情緒にかぶりを振った。
上野の原稿は、事実関係を要領よくまとめた上で、そのことから推量できる問題点を、書き手の推理力を駆使した上で、上手にまとめられた原稿だった。
読み終えた俺は、フーとため息をついて、原稿をテーブルに置いた。しかし、直ぐに、大谷に返す訳ではないと言わんばかり、上野の原稿の束に指を重ね、トントンと叩いた。
そして、大谷が、原稿を直ぐに取り上げないと確認した上で、煙草に火をつけた。
「よく書けた原稿です。事実関係も、概ね正確です。後半の推理の部分には、多少の無理がないではないのですが、週刊誌としては許される範囲の推理の逸脱だと思います」
「事実関係は、概ね正確なわけですね」
「ええ、事実です。片山の死と、“Kノート”の持ち主が同氏であるかどうかの確認は出来ていませんが、片山が殺された以上、確認のしようがなかったのですから、仕方ありませんからね」
「ある人、上野はY氏と書いてあるのですが、このY氏が誰であるか、気にはなりませんか」
「なりますよ」
つづく