第97章敦美が演技した実印をポケットに押しこんで、Oホテルの前から、タクシーに乗り込んだ。
その判子は、実印と言えば実印にも思える代物で、片山敦美と彫り込まれていた。
青梅新町の交差点までと運転手に告げた。指定した店はステーキの専門店のような名前だった。
いずれにしても、そんなところで待ち合わせをしようというのだから、身の危険を、あまり気にする必要もなさそうだった。
敦美が実印だと演技しているに違いない判子を監禁者に渡すことで、敦美が解放されるのかどうか、その点は確認していない。
ただ、現状では、新宿の片山の自宅が警察によって封鎖されている以上、監禁側にも、それ以上の手立てが残されていないのだから、敦美を何時までも監禁しておくメリットは少ない筈だった。
犯人が、そのように論理的にものごとを考える人間であることを信じるしかなかった。
そのステーキ屋は半分程度の客が入っていたが、敦美が一人で座っているのを見つけるのは容易だった。
おそらく、別の席から、敦美を監視している連中がいるのだろうが、俺は、敢えて、その人物たちの姿を追う意志はなかった。
敦美の要求を満たしてやる立場以上の関係を、片山亮介殺人事件に関係する気は毛頭なかった。
「身体は大丈夫なの」敦美の席につくなり、俺は声を掛けた。
「ありがとう、迷惑ばかりかけてしまって……」
「まあそれはイイよ。君がいう実印ってこれで良いんだね」俺は、問題の実印まがいのシロモノを、テーブルに置いた。
はっきりはしないが、敦美の身体かテーブルに、会話を盗聴する機器が取りつけられている前提で、俺は敦美に対峙していた。
「そう、これで良いの。これで、取りあえず解放されるから」
「実印で、何かに判を押すわけなの」
「そう、でも問題を解決したら、書類は破棄して貰えるから」
「そうか。それで敦美さんはホテルに帰れるのかな」
「多分……」
「まだ判らないってことか」
「そう……」
「じゃあ、俺は帰って良いということかな」
「そうね。でも、もしかすると一緒に帰れるかもしれないから、ここで少し待ってて貰えるかな」
敦美が店を出ていった。
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