第96章敦美からだった。
瞬間的に、一週間延ばした連泊のリクエストをキャンセルしなければと思った。
“あの敦美です。突然いなくなってすみませんでした。実は、いま私、監禁されているんです”
「監禁、誰に?」
“それは言えないんです。でも、危害は加えられていないので、安心してください。それで、お願いなんですけど、家に行って、或るものを持って来て欲しいんですけど”
「家って、ご主人と住んでいる、あのマンションと云うことですか」
“えゝ、あの部屋です”
「それは、無理でしょう。あの部屋は、まだ警察によって立ち入り禁止にされていますよ」
“あぁそうか、そう言えばそうよね。どうしよう……”
敦美は、携帯を塞いで、横に居る誰かに、その状況を話しているようだった。特に、敦美の態度から、切迫した雰囲気は感じられなかった。
時によれば、狂言誘拐事件のような様相だったが、特に、敦美が狂言誘拐を演じる必要がないことは判っていた。
“警察の立ち入り禁止って、どのくらいで解除されるものなのかしら”
「さぁ僕には判らないけど、殺人事件だったのだから、簡単には解除にならないでしょう。特に犯人が逮捕されない限りね」
“そうよね……”
「なにか、片山さんが持っていた、手帖とか、パソコンだったら、警察に押収されていると思いますよ」
“あぁ、そういうことよね。だったら、全然無理な話よね。だから、こんなことしても意味はないって言ったのに、全然私の話を聞かないんだもの……”
その後、しばらく電話からの声は途絶えた。しかし、電話が切られた様子もなかった。
“あの、龍彦さん、青梅まで迎えに来て貰えませんか”
「迎えに行かないといけないのかな。タクシー拾えば済みそうな話だけど」
“私の荷物の中に、実印が入っているの。申し訳ないけど、それを持って来て貰いたいの。それと引き替えに、私を解放するって言っているの。だから、お願いだから、実印探して、持ってきて欲しいの、お願い!”
敦美の哀願に応じるしかなかった。
しかし、実印が、ベッドの上で散らかった儘の、敦美の持ち物の中で見つかる保証はなかった。
それに、考えてみれば、実印など、大切なものは、ホテルの保管庫に預けている筈なのだから、実印と云うのは、敦美の演技のように思えた。
そうなると、余計に、敦美の希望に応じるのが筋だった。
自分車で行くことを考えたが、出来る限りこちらの情報を相手に渡さない方が賢明だと思ったので、タクシーで行こうと思いながら、敦美の実印らしき判を探した。
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