第91章警察署の駐車場に入れておいたGT-Rに乗り込み、煙草に火をつけた。
一時間ほど禁煙した後の煙草は美味しかった。
一時間禁煙後の煙草がこんなに美味しいのなら、一時間に一本吸うようにすれば、きっと喫煙生活も豊かになるだろうと思ったが、守れないことを承知で考えているだけだった。
車を出す時、いやに目つきの悪い男の視線を感じた。
俺の目つきも、同様に悪かっただろうから、刹那的殺気の応酬だったが、一瞬のことで、次の瞬間には跡形もなく消えていた。
“さて、どうするか……”俺は口に出して考え、西新宿の高層ビル街を走っていた。
刑事は、敦美の捜索願いを出した方が良いのかとの問いに、まだその時期ではないでしょう。亡くなられた方の奥さんの行方が判らないのは捜査上の問題なので、当面は警察の方で調べますから、と言っていた。
つまり、俺は不作為状態で、敦美からの連絡を待てばいいだけの、自由の身になっていた。
肩の荷が下りたと実感した。
社会的使命を果たした安堵感があった。
無論、敦美の消息が分からないことは気がかりだったが、寿美のような立場なら、個人的ネットワークがあるだろうが、俺と敦美の接続線は、唯一携帯での繋がりだった。
大きな谷に渡された一本のつり橋のようなもので、その綱が切れた瞬間、何もない関係になる、ネット社会の人間関係に過ぎないことを痛感した。
だからといって、敦美との関係に、何本ものつり橋をかけるべきだとは思わなかった。これでいいのだと思う一方、どことなく、虚しい風が吹いているようでもあった。
それにしても、敦美はどこに行ったのだろう。
行ったというより、誰によって、どこに連れて行かれたのか、そのように考えるのが妥当だった。
しかし、俺には、その疑問を推理するだけの材料を何ひとつ持っていないのだから、考えること自体が無駄だった。
もし考えられるとしたら、それは、寿美から何らかの情報を知らせて貰った時、初めて出来ることだった。
そう、寿美から連絡を受けて、さり気なく情報を引き出せるだけだった。あまり前向きに、敦美の情報に執着するのは、賢明ではなかった。
寿美にしてみれば、敦美とも男女の関係でありそうな俺と云う男に、どんな感情の変化を持ったのか、注意深く探る必要があった。
寿美にとって、俺と云う存在は、それほど重要な位置を占めている人間ではないことを重視すべきだ。
どれほど性的な相性が良いからといって、気を緩めてつき合える状況にないことは肝に銘じておくべきだった。
それに比べて、敦美との関係の方が濃厚だった。
性的なことで言えば、寿美の方が好みだったが、敦美との関係には、15億円以上の資産運用の魅力的おまけがついていた。
二流の物書きの俺にとって、投資は副業以上の存在だった。生活費の半分近くを投資で得ているのだから、敦美の資産運用は、相当に魅力的だった。
今まで、2億円の資金運用していた俺にとって、敦美の15億円は、投機をビジネス化できるチャンスを与えるもので、是が非でもタイアップに持ち込みたかった。
何としても敦美を救出したかった。救出と言えば、拉致されているのが前提だが、殺されていることもあり得るのだから、救出したいという言葉も、どこか空ろだった。
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